黒目の美猫で心は白く、なぜか許せる気分になれる『添い寝待ちnecoギズモさん』

文芸・カルチャー

2016/1/14


『添い寝待ちnecoギズモさん』(マツオカ ユウ/日本文芸社)

人間は生まれたときから、いわゆる黒目(虹彩と瞳孔)のサイズが変わらないのだそうです。そのため、大人よりも子どもや赤ん坊のほうが黒目がちになり、かわいく愛おしく見えるのだといわれています。

猫と双璧をなすペット界の東の横綱・犬に至っては、黒目がちの犬種が大勢を占め、そのウルウルした目で飼い主のハートを虜にしているわけですが、猫の目のほうは少し勝手が違います。「猫の目」といえば「コロコロ変わる」ものの代名詞になっていることからわかるように、黒目がちな目と、細目とを巧みに使い分けているのであります。

猫にとってみれば、わざわざ人間のために使い分けている気はさらさら無く、周りが明るいから瞳孔が細く閉じたり、明かりが乏しいから瞳孔が開いてしまっていたりするのに過ぎません。しかし、手前勝手な人間は、その紡錘状の黒目の瞳孔ならぬ動向に、一方的に愛おしさを感じてしまい、今日も今日とて猫やかわいやと悶絶するのです。

「細目状態の猫」と「黒目がちな猫」と、同じ猫ではありますが、周囲の光の加減によって変わる目力の干満。ツンとした目だと思ったら、ちょっと日陰に入るとウルウルとした目にメタモルフォーゼ。「待て、あわてるな、これは孔明の罠だ」と仲達の声が聞こえてきても、抗えぬ愛らしさとはこのことでしょうか。『添い寝待ちnecoギズモさん』(マツオカ ユウ/日本文芸社)の、黒目がちな真っすぐな視線と写真を見る読者の視線とが交わったとき、猫の持つ目力の強さを、まざまざと見せつけられるのであります。解像度の低い写真を印刷したときに生じる滲みが、スマホやPCの画面から見るギズモさんとは、また違う表情を見せてくれているようにも思えます。

写真集のページをめくれば、「お昼寝する? それとも一緒に遊ぶ?」と無言で返答を待っているかのようなギズモさん。イタズラしても、粗相をしても、その黒い瞳で見つめられ、ベッドで添い寝待ちをされようものなら、すべてを許してしまう心境に至るのは容易に想像できます。会社のムカつく上司まで、うっかり許してしまいかねない勢いです。年末年始の清い心をますます白く洗い上げる黒目の白黒猫写真集。休みの日の気楽な読書に好適かと思います。

文=猫ジャーナル