【田辺誠一×水野敬也対談】異色のコラボ本『偉人たちの最高の名言に田辺画伯が絵を描いた。』舞台裏、ぜんぶ話します

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/16

 ネットでその画力に注目が集まり、昨年の紅白のシンボルマークまで描くこととなった「田辺画伯」こと俳優の田辺誠一氏。その作品のなんともいえない破壊力を味わえるユニークな名言集『偉人たちの最高の名言に田辺画伯が絵を描いた。』(朝日新聞出版)が、今、じわじわ人気を集めている。仕掛人は大ベストセラー『夢をかなえるゾウ』(飛鳥新社)を生んだ、名言マスター水野敬也氏。どうやってこの本は生まれたのか? 異色のコラボ本の舞台裏について、当のお二人に対談していただいた。強いて言うなら突っ込み担当の水野氏とボケ担当の田辺画伯…絶妙なお二人のコンビネーションは、これからの名言界(そんなのあるのか?)に革命を起こすかも!?

若い人もオッサンも楽しめるものにしたかった


水野:世の中に名言というものはたくさんあって、僕は以前からそういうのを集めてきたんですが、中には状況を限定せず心に刺さる名言中の名言みたいな「Sクラス(注:最高級の意)」のものがあるんです。「じゃあ、そういうSクラスの名言だけ集めた本を作ろう」と、まず企画が立ち上がって。なんですが、Sクラスだけに普通の名言集になってしまったらもったいないし、Sクラスだからこそいろんな人に伝えたい。そんな時、編集者さんから「田辺画伯に絵をお願いしてはどうだろう」と提案があったんですよね。僕自身はネットで絵をちらっと見たくらいだったので、すぐ調べたらマイケル・ジャクソンの絵に衝撃をうけて。「ぽーっとか書いてあるし」って(笑)。これならきっとSクラスの名言も違う形に料理されるんじゃないかと、半分カオスな感じでお願いしたんです。


田辺:ありがとうございます。僕のほうは単純に「面白そうだな」と。水野さんの本はずっと読んでいましたし。ただ、名言にイラストを描くとはいっても、状況描写だけの「挿絵」では面白くないし、どうするのか徐々に考えていきました。

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水野:「とりあえず描いてみてください」って名言をいくつかお渡ししたんですよね。そうしたらマザー・テレサかなんかで、「てへへ」みたいなのがあがってきて。編集者さんと「こ、これは、いけるんじゃないか!」って(笑)。

田辺:そうでした(笑)。その作品から何段階か進んだものを本にはのせてるんですけど、ファーストインプレッションを大事にしつつ何度も考え直してと、なんだかものすごく大変な作業でした。「あまり哲学的なことや名言に触れにくい若い人も一瞬でわかるもの」という水野さんからのオーダーに加えて、僕ももう46歳ですから、同世代のオッサンもニヤっとできるものにしたかった。「あいつ媚びてるな」と思われてしまうと恥ずかしいものになってしまいますから。その上で、名言そのままじゃなくて、名言を落とし込んだ絵があって、もう一回名言を見ると、違う意味に見える、そこでさらに絵を見るとまた違う意味に見えると、そんなふうに2往復したかったんです。だから1個につき2、3週間はずっと試行錯誤してましたね。

水野:そう、そういう作業の上でうまれたのが、たとえばマーティン・ルーサー・キングJr.の絵だったりするわけです。わかりにくいかもしれませんが下の台は表彰台なんですよ。実は僕はこれが全然わからなくて、画伯に「2、3周してちょっとわからなくなってませんか?」って(笑)。でも、ちゃんと気がつく人もいるし、味わいも深くなっている。だからもう、僕が気づかないのがあってもいいし、そこはアートだし、相手は画伯だし、万人にウケなきゃいけないというのはないんじゃないかな、と考えるようになったんです。


田辺:これは割とシュールなほうなんですけど、あんまりそういうのが集まりすぎても面白くないので、水野さんにジャッジしてもらいながら解釈の種類をなるべく全部変えて。素直なものも割とありますよね。

最高の名言を画伯の絵であえて壊す。だから面白い!

水野:僕のこだわりとしては、誰もがすごいと思うSクラスの名言があって、そこに画伯の絵が入って一回壊れる。で、ページをめくるとある偉人の写真があって、それも画伯の肖像画に壊され、最後は偉人のめちゃくちゃ選抜されたエピソードも、画伯の一言でやっぱり壊れるという繰り返しみたいなのを意識しました。必死で集めた誰もが文句いえないようなものを、必ず画伯が壊していくわけで、そこがまさにこの本の面白さだと思うんです。ダイナミズムがありますよね、このアインシュタインの髪が流れてる感じとか見てくださいよ。この写真から「え!? こう行く?」って(笑)。


田辺:そ、そんなふうに全体を考えられていたんですね。

水野:はい、そのリズムはかなり意識していましたよ。

田辺:もしかして相当、計算されてました…?

水野:ええ! 字の大きさとかもすべて(キッパリ)!

田辺:…ああ。

水野:そうやって計算したものを全部、画伯が壊していったんです! だからすごく面白いんですよ。

田辺:…僕は、自分のパートだけをやってたので…なんとも…。

水野:あ、気がついてなかったんですね…(笑)。ま、画伯が描くものは必ずそのままではなくて、必ず壊れていくし、思いもよらないところにいく。そこが一番の醍醐味だからいいんですよ。ただ、その奥にすごく味わい深いものがあって、「あれ、このガム味なくなったけど、まだ味あった」みたいな。いまも暇なときパラパラと読むと、著者の僕でもじわっと来たりしますもん。
 それに、絵を見てると画伯のやさしさが伝わってくるんですよね。すごくほっこりの泉から湧き出ているような絵で、人を傷つけたりする笑いもある中で、そういうのは禁じ手にする制約を自分でもたれているんだなと。

田辺:自分の中になんかあるんでしょうね。お笑いも好きで10代からコント書いていたりもするんですが、誰かを傷つけてとる笑いというのはあんまりクリエイティブじゃないと思うところはあります。

水野:この偉人たちの顔も、こんなに壊してるのになぜかリスペクトがあるという不思議…(笑)。なんかバカにしてないっていうか。

田辺:…人が不快にならないようにというか。特にご本人が。

水野:本人! あー、たしかにそうですよね。チェ・ゲバラさんが見て、「ああ、いいじゃん」って言ってくれるような感じですよね。

田辺:は、はい。

水野:そうかー、画伯は本人のこと意識されてたんですね。って、みんな亡くなってますけどね(笑)。その意味じゃ、ナポレオンとかもあるし、画伯って「宮廷画家」みたいだなあ。

田辺:そうですねえ…はい、おうかがいしながら…。

水野:「へー、シュッとしてていい感じだね!」なんか言われて(笑)。どっかキャラっぽいし、偉人たちもツイッターやってたら、アイコンにするでしょうね。

田辺:だって、化けて出られちゃいますからね(笑)。

水野:あ! そうか、たしかにチェ・ゲバラとかが「お前、あの絵、なんだよ」って出てきたらこわそうですもんね(笑)。死んだ本人を意識するなんて、愛があるっていうか、シュールで面白いです。
 そうそう、愛があるといえば、画伯が最後の色校で「コレ、変えなきゃ」って急に言い出したシュバイツアーの絵も印象的でした。2コマ目の孫の将来の姿の横に、1コマ目で育ててくれたおじいちゃんを足したんですよね。つまりおじいちゃんの夢もここに関わっていると、この名言はこの子だけじゃなくて、おじいちゃんにとっての名言でもあると。そういうこだわりみたいなものに案外気がついてくれる読者がいるんじゃないかと思います。


名言をどう使うかは人それぞれでいい

水野:名言というのは不安だったり自分に自信がなかったりする人が吸収するものだと思うんですが、僕自身、普段から不安を抱えているタイプなので、名言が好きだし、普段から見ては励まされたりしているんですよ。特にこの本にあるSクラスの名言は誰にでもオールマイティーに効くものだし、汎用性が高い。僕も不安になると自分の持ってる「名言フォルダ」からちらっとのぞいて、何回も助けられてきました。

田辺:たしかに描きながら全部刺さった感じです。特に「人は、教えることを通じてもう一度学ぶ」とか「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き残るのでもない。唯一生き残るのは、変化できた者である」とか、年齢的にも自分と照らし合わせてみたりして。

水野:自分もぐっときたから採用した名言ばかりですからね。僕の場合、小説でもエッセイでもなんにでも名言はありますから、日頃からふっと心に入ってきたものを「名言フォルダ」に習慣的に入れてるんですよ。

田辺:なるほど。僕は名言を読むというより、自分が「ちょっといいこと言ったな」と思った時に、「名言っぽく残したほうがいいのかな」と思う感じですかね…。

水野:画伯は人の名言ではなく、自分で生み出してるわけですね!

田辺:まあ、自分なりに、ですけど…。それがどういう出方をするのかはわかんないし、たとえば何かを見て感じたことをとりあえず名言っぽく覚えて、それを2時間の映画で表現するかもしれないし、2行の言葉で表現するかもしれないし、絵で表現するかもしれない。感じたことのアウトプット、みたいなものとして覚えていくというか。

水野:なるほど、僕と画伯だけでも名言に対するスタンスは違うわけで、この本の使い方もいろいろありそうです。

田辺:編集者さんが送別会で、この本の名言ページを何枚か切り取ってプレゼントしたら喜んでもらえたっていってましたよね。確かにプレゼントにもいいと思うんですよ。

水野:ゆるさがいいんでしょうね。キング牧師の名言だけもらっても重いけど、画伯の絵で笑いながらぐっとくるみたいにできる。今の時代に合ってるかもしれませんね。

田辺:…えっと、これ、二次利用できますね? たとえば、このまんま『まいにち、修造』みたいな日めくりにするとか。

水野:あー、なるほど! よく店のトイレに相田みつをさんの言葉とか貼ってあるじゃないですか。僕、この本のページが貼ってあって、トイレで思わず2度見されるみたいなのが一つの理想だったんですよね。名言は有名だけど画伯の絵の効果で「んんっ?」となるみたいな。

田辺:もっと生活の中に入り込むようにする。向こう側の偉い人じゃなくて、もうちょっと自分たちに寄せるというか。

水野:面白いですよね。この絵のチェ・ゲバラTシャツとかあったら、僕も着たいですもん。ま、あくまで画伯の二次使用なんで商売的には僕は全然関係ないですけど(笑)。だけどほんとにいい名言なんで、そういうのを通していろんな層に広がっていくのは素晴らしいし、そこは画伯の絵が切り開いてくれるでしょう。


田辺:いや、背中に名言入れましょうよ。

水野:っていっても、それもゲバラの言葉ですから、僕、関係ないし…(笑)。それにしても、今回、ホント絵の力を実感したんですよ。僕は文字しかかけないけど、画伯という新しい概念、ヘタウマでもないカオスの可能性とコラボすることで新しい方に伝わっていくのが一番大きな発見でしたから。

田辺:ありがとうございます。自分のたいしたことない絵が役に立つし、すごく面白かったです。僕自身、水野さんがチョイスしたものにのっかることで逆に発想できたりする面もあって、すごくクリエイティブな作業でしたね。たぶん一人でやっていたら、まとまりのないものになってしまったんじゃないかと。

水野:あー、でも僕は画伯がひとりでやってるのも見たい気がします。とんでもないものが出てきそうだし…たとえば、画伯の名言&絵に対して僕が「キング牧師の意志をつぐのはこの人だ」とか、深読みして解説文を書くのとかどうですか?(笑)

田辺:ふふ、それ面白そうです。これからも、いろいろご一緒しましょう(笑)!

取材・文=荒井理恵

■『偉人たちの最高の名言に田辺画伯が絵を描いた。
著:水野敬也田辺誠一
発売日:2015年10月20日(火)
価格:1,100円(+税)
仕様:四六判並製/オールカラー/136ページ
発売元:朝日新聞出版

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