文化庁メディア芸術祭優秀賞受賞!『弟の夫』 ひとつ屋根の下に住むことになった、ある家族の喪失と再生の物語

マンガ

公開日:2016/1/22

1巻
2巻

 『弟の夫』(田亀源五郎/双葉社)というタイトルを見て、「ゲイの話なら自分には関係ない」という人がいたら、ぜひその人にこそ本作を読んでもらいたいと思う。これはゲイ・エロティック・アートの巨匠によるゲイの登場人物が出てくる漫画だが、ゲイだけに向けた物語ではなく、ある家族の喪失と再生を描く「ファミリーストーリー」だからだ。

 主人公は高校時代に両親を交通事故で亡くした弥一。現在はアパートの大家をしながら、男手ひとつで小学生の娘の夏菜(かな)を育てている。その弥一のもとに音信不通だった双子の弟・涼二の死が伝えられる。しかし10年前に家を出て外国へ行ったきりだった涼二の死に、弥一は実感が湧かない。しかも涼二は同性婚をしており、その「弟の夫」であるカナダ人のマイクが来日したことで、思いもよらない日々が始まることとなる。

 父親に双子の弟がいたこと、同性同士で結婚ができること、そして熊のように毛むくじゃらで体の大きな外国人に驚く夏菜は、マイクと一緒にいることが楽しく、その存在を友人たちに紹介したくてたまらない。しかしゲイであるマイクと亡き弟の存在に戸惑う弥一は、どう接していいのか悩む。ある日、涼二との幼い日の思い出が残る近所をマイクに案内していた弥一は、「あの外国人は誰なのか」と知り合いに聞かれ、一瞬返答に困って「弟の…友人です」と答えてしまう。

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 両親の死後に告げられた弟のカミングアウトを何も言わずに受け入れた弥一だったが、実際はその告白にどう反応していいのかわからず、ずっと触れないようにしてきた。そのことがきっかけになったのか、一番近くにいて仲が良かったはずの弟と疎遠になり、心ばかりか生きる場所さえも離れてしまい、死んでしまった今となっては正直な気持ちを聞くこともできなくなってしまった。もう永遠に埋められないと感じていた涼二との溝。しかし弟の夫であるマイクとの関係性が構築されていくことで、弥一の心には少しずつ変化の兆しが現れる。

 両親と双子の弟を喪った弥一、母が不在の夏菜、愛する夫を亡くしたマイク。それぞれの大切な存在を失った人たちが、喪失を機に新たな関係を結び、そこから生まれる希望や意見の相違がありながらも、心に空いている穴をお互いに修復しながら、家族としてひとつ屋根の下で過ごしていく――「自己受容」が作品を描く大きなテーマのひとつであるという田亀源五郎氏による新たな家族の形は、異性愛者とゲイの日常での交わりを淡々と描いている。その一方で、弥一の率直な反応やマイクの繊細な心の動きはていねいな筆致で鮮やかに浮かびあがってくるのだ。

 自分に理解できないこと=悪と短絡的に考えてしまう人間の愚かさや、大人になればなるほど濃くなる色眼鏡、そしていつの間にか心にたっぷりついていた先入観という贅肉の存在に気づかせてくれる『弟の夫』。

 平成27年度の「第19回文化庁メディア芸術祭」のマンガ部門で優秀賞を受賞した本作は、1月12日に第2巻が発売となった。弥一と夏菜親子に一石を投じたマイクの存在は、次第に家族の外へと波紋を広げていく。ますますストーリーから目が離せない。

文=成田全(ナリタタモツ)

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