群馬の温泉郷が戦場と化す!月村了衛『ガンルージュ』

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/16

渋矢美晴、33歳。一部で熱狂的人気を誇ったロックバンドでボーカルとして活躍するもバンドはメジャーデビュー寸前で解散、手痛い失恋も経験した彼女は、群馬の小さな温泉町で中学校の体育教師として勤めることになった。

少々荒っぽく乱暴な美晴は、いつもPTAから「暴力教師」と槍玉に挙げられる。顧問を引き受けた軽音部はとにかくダサい。下宿先の大家からは「だから嫁のもらい手がないんだ」と小言を言われる。大都会のライブハウスで観客を沸かせた日々が懐かしい。

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月村了衛の新作『ガンルージュ』(文藝春秋)はこうしたアラサー女性の倦んだ日常から始まる。しかし『機龍警察』(早川書房)をはじめ冒険小説の熱き魂を込めた作品を書き続ける月村のこと、退屈な日常話で終わるわけがない。

物語が急転するのは美晴の教え子、秋来祐太郎と神田麻衣が謎の武装集団に誘拐される場面からだ。二人は武装集団がとある韓国人男性を拉致する現場を目撃してしまい、捕まってしまう。二人を救出すべく立ち上がったのは、祐太郎の母親である律子。彼女はただの主婦ではなかった。尋常でない戦闘能力を誇る、元警視庁公安部のエリート捜査官だったのだ。律子は奪った銃と台所から持ち出した出刃包丁を装備し、偶然出会った美晴とともに我が子をさらった武装集団を追跡する。

一度は引退した戦闘のプロフェッショナルが、やむを得ない事情で再び戦場に舞い戻る。これは月村が敬愛する海外冒険小説のヒーロー多く共通する像だ。そう、『ガンルージュ』もまた、戦いの中で生きる者の宿命を描いた物語なのである。これまでの冒険小説ヒーローと異なるのはただ1つ、律子が(表向きには)日本の平均的な主婦であるということだけだ。

本書は女性同士のバディ小説としての魅力を備えた小説でもある。実は律子と行動をともにする美晴も只者ではなかった。彼女はかつて付き合っていた男性が特殊な経歴の持ち主(ミステリ小説ファンは、すぐにある有名作品へのオマージュだとわかるはず)であり、彼から教わった格闘術で律子同様、襲いかかる敵に立ち向かっていくのだ。銃と包丁を手にする律子と、金属バットを武器に振り回す美晴は国内外の冒険小説の歴史においても異色のコンビだろう。

律子と美晴の戦いは、物語途中で明かされる律子の壮絶な過去によってさらに一段階ヒートアップする。いま、戦闘マシーンと化した主婦と中学教師によって群馬の温泉郷が戦場に変わる!

文=若林踏