敏腕編集者に学べ! 新しいことの始め方と人間関係の作り方

ビジネス

公開日:2016/2/2


『ぼくらの仮説が世界をつくる』(佐渡島庸平/ダイヤモンド社)

 何か新しいことを始めたいと思ったことがある人は世の中にたくさんいるだろう。でも、本当に新しいことを始められた人はほんの一握りのはずだ。それはなぜなのか? おそらく、始めることができた人は思い描いたことを「できたらいいな…」で止めずに、きちんと形にしようと動いたからだろう。

 今回は、思い描いたことを現実にする方法がわかる本『ぼくらの仮説が世界をつくる』(佐渡島庸平/ダイヤモンド社)を紹介する。

編集者と経営者2つの視点で書かれた本

 著者はかつて出版社の編集者として『ドラゴン桜』や『宇宙兄弟』『働きマン』などの漫画をヒットさせた経験を持つ。そんな彼が多くのヒット作を世に送り出しながらも、独立して作家エージェント企業「コルク」を立ち上げたのにはわけがあった。

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 インターネットが普及して出版業界が不振に陥ったのはなぜだろう? 紙媒体の作品はWeb上の作品よりも質が劣っているのか? などの疑問に対して自らが立てた仮説が今の彼の仕事を作り出した。

 作家がエージェントを使うという形態は欧米では珍しくないが、日本ではこれまでになかった形だ。作品がなかなか世の中に認められない状況の中、おもしろい作品を世に売り出すためには何をすべきか、という疑問に対して立てた仮説が「作家エージェントを立ち上げる」ということだったのだ。

 そのため、この本には出版社の編集者としての視点で気付いたことと作家エージェント「コルク」を立ち上げた経営者としての視点で気付いたことの両方が盛り込まれている。

物事の始まりは全て誰かの仮説

 物事の始まりは、全てが誰かの立てた仮説だった。今は世の中に普及して、生活になくてはならない物になっているパソコンやスマホ、一昔前ならテレビや車だって、誰かが「こうすればきっと便利になるはず」「こうなったらみんながハッピーになるはずだ」と思って立てた仮説が現実化したものだ。そういう意味で、世界は多くの人が立てた仮説によって作られている。

 仮説というと「どうやって立てるべき?」と構えてしまうかもしれないが、目の前にある問題の本質をしっかりと捉えてそれに対する定義づけをすると、何ができるか、何をしたらよいかが見えてくるものだという。それは仕事においてだけでなく、普段の生活の上でも活かせる考え方だ。

好きなことを語り合う場の必要性

 この本の最初には、著者自身の経験として、人がおもしろいと感じるためには、同じ思いの人と語り合う場が必要だということが書かれていた。確かに、スポーツ観戦も音楽や映画の鑑賞も、見たり聴いたりしているときより、後で同じ思いの人たちと語り合っているときの方が楽しいかもしれない。

 出版不況が起こっているのは、インターネットが普及したせいでも、作品の質が落ちたからでもなく、興味の対象が多様化して、これまでの方法ではなかなか共感できる相手と語り合えなくなってしまったからだ。それならどうすればよいのかと考えた末、著者が立てた仮説は、作家エージェントを立ち上げるということだったのだ。

仮説は情報を集める前に立てる!

 新しいことを成功させようとすると、多くの人は確実に物事を始められるように最初に情報集めから始める。確かに集まった情報をもとに確実性のある方法を考えれば成功率は上がるが、結果としてこれまでにあったものの延長線にあるものしか生まれない。だから、著者は仮説を立ててから情報を集めろと言う。

 普通の人は「情報→仮説→実行→検証」の順番で物事を進めるが、新しいことを成功させようとするなら「仮説→情報→仮説の再構築→実行→検証」の順番にしなければならないというのだ。

 だからと言って、情報など無視しろと言っているわけではない。ただし、情報に縛られない仮説を立ててから情報を集めて、立てた仮説の修正をするようにしなければ新しいことを始められないとは言っている。そして、集める情報も誰でも集められるようなありきたりの情報ではダメ。普段の生活の中で自然と集まってくる情報や、自分の感性の中に蓄積されたもので仮説を補強するのだという。万が一自分の仮説と情報が合わなかったとしても、「情報の方が間違っている」と強く思える仮説であれば成功につながるはずだからだ。

『宇宙兄弟』のヒットは意外なところに!

 著者は「いい作品はそれまでにない新しい定義を生み出せるもの」と定義づけ、出版社の編集者時代にも、それまでにない形で世に売り出してきた。例えば、『ドラゴン桜』は漫画を学習参考書コーナーに置いてもらうことで、『宇宙兄弟』はたくさんの美容室に1巻と2巻をセットで送ることで、その作品に共感してもらえるはずの新しい読者の獲得を図った。宇宙兄弟をなぜ美容室に送ったかというと、「せっかくおもしろい作品なのだから、女性読者が増えれば必ず売れる」という仮説を立てたからだった。しかも、美容室の店内に置いてもらうためではなく、美容師本人に読んでもらって、作品のおもしろさを口コミしてもらうため。新人作家を売るための限られた販促費を、何千軒もの美容室に2冊ずつ単行本を送るために使ったというのだから、他にはないおもしろい発想だ。

仕事の根底にあるものを学べる

 この本は決して著者の成功体験記ではない。後半には仕事の根底を学べる感情コントロールの方法や、人間関係の築き方など興味深いことがたくさん書かれている。例えば、嫉妬や不安など負のエネルギーによって立てられる目標は小さいため、正のエネルギーで目標は立てるようにするとか、「100%の自信を持ったコビト」を脳内でいかに増やしていけるかが大事だとか、そういったことは老若男女を問わず、どんな立場の人にでも当てはまる成功の秘訣と言えるだろう。

 著者は優れた仮説を立て、それを実行できる力を持った人だが、特別な存在ではない。自分の立てる仮説が他の人にどのように思われるか、周りの評価や他の人との優劣ばかりを気にしている人では成功できないというだけだ。どんな仮説であっても自信を持って自分の仮説を実行できる人は成功する。そう感じさせてくれる1冊だった。

文=大石みずき