【電撃小説大賞受賞作】イジメやスクールカースト…学校の闇に立ち向かい、理想の教室を目指した1人の少年の奮闘とは

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/16

「かつてはその人の膝の前に跪いたという記憶が、今度はその人の頭の上に足を載せさせようとするのです」という台詞が、夏目漱石の『こゝろ』の中にある。「誰かに打ち負かされた忌々しい記憶が、いつかその相手を自分と同じ目にあわせたいと思う復讐心へとつながる」という意味だろうが、現実世界ではそんな大逆転はできそうにもない。特に、学校生活の中で、スクールカーストの最下層の者が上の者に歯向かうなど、想像できないはずだ。生徒にとってスクールカーストは生活のすべて。互いの視線を気にしながら、空気を読み合うあの環境において、人気者の地位は絶対だ。

第22回電撃小説大賞受賞作、『ただ、それだけでよかったんです』(松村涼哉/KADOKAWA)は、そんな学校生活の鬱屈とした姿をありありと描き出した衝撃的な作品だ。本来のびのびと生徒の個性を伸ばすはずの学校がどうしてこんなにも閉塞感あふれる場となってしまったのか。周りからの評価を気にし、次第に壊れていくクラスの状況。ネットやLINE上でも広がるイジメ。イジメを阻止しようと立ち上がるモンスターペアレンツ…。この物語は、イジメを大きなテーマにすえ、その残忍さを描き出すだけでなく、現代の学校やそれを取りまく世界の闇をも巧みに表現してみせる。だが、この物語はそれだけではない。読み進めていくにつれ、「みんなが笑い合える、理想の教室を取り戻したい」というつよい思いと理想を抱えた少年の存在に気が付くことだろう。理想を胸に抱え、過酷な状況に立ち向かうある少年の姿が、たくましくもあり、切なくもあるのだ。

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ある中学校で男子生徒・Kが自殺した。自殺の背景には“悪魔のような中学生” 菅原拓による、Kを含めた4人の生徒への壮絶なイジメがあり、4人はすっかり菅原拓の言いなりになっていたらしい。しかし、菅原拓はスクールカースト最下層の地味な生徒。文武両道で周囲からの人気も高かった4人をどうやって支配していたというのだろうか。Kの姉は、優秀な弟がどうして自殺したのかその真相を知りたいと、この事件の調査を始める。そのなかで明らかになってきたのは、中学校校長が教育制度の方法として導入した「人間力テスト」が生徒を苦しめていたという事実だった。

「人間力テスト」とは、生徒同士で、他人の性格を点数化し合うもの。自分の性格や存在価値を自覚するために据えられた制度だというが、なんと残酷な制度だろうか。スクールカーストがより明確に明らかになる環境において、生徒たちは次第に「学力テスト」よりも「人間力テスト」の点数を気にはじめる。一体、学校で何があったというのだろう。悪魔と呼ばれた少年・菅原拓がその物語を語り始めるとき、そこには誰も予想できなかった、驚愕の真実が浮かび上がっていく。

「革命は進む。どうか嘲笑して見てほしい。情けなくてちっぽけな僕の革命の物語を――」

人は他からの視線を気にせずに生きることはできない。それがどれほど自分を苦しめることだろうか。この物語に出てくる人々は、皆、その苦しみを抱えて生きている。それは誰一人とて例外ではない。この物語は、「ひとりの生徒がイジメを苦に自殺した」という単純な物語ではない。すぐに真相が掴めそうで掴めない物語にもどかしくページをめくれば、その真実に衝撃を受けること間違いない。1人の少年の革命に、その決意に、誰もが思わず息を飲むことだろう。一体この本に何度驚かされたことだろうか。読む人全てを震わせる問題作がここにある。

文=アサトーミナミ