「人間は合理的な判断を下せない」行動経済学に触れてみよう

経済

2016/2/4


『行動経済学の基本がわかる本』(ハワード・S・ダンフォード/秀和システム)

 突然ですが、問題です。

「とある大学の学生寮に共有スペースがあり、そこには冷蔵庫がいくつか備え付けられています。ここの冷蔵庫に6本パックの缶コーラと6枚の1ドル紙幣を入れておきました。缶コーラ6本は72時間で全部なくなってしまいました。では、同じ72時間で1ドル紙幣は何枚なくなったでしょうか?」

 答えを言ってしまうと、1ドル紙幣は1枚もなくなっていなかった。馬鹿げた問題だと思うだろうか? 「お金をとるなんてありえない!」と考えたあなた、ぜひ行動経済学を学んでほしい。『行動経済学の基本がわかる本』(ハワード・S・ダンフォード/秀和システム)は入門にうってつけの一冊だ。

 この問題の肝は「同じ価値のもの(1ドル紙幣=缶コーラ1本)なのに、心理的抵抗感は大きく異なる」ということ。この感覚はおそらく多くの人が共有しているのではないだろうか? 雨の日に、誰のものかわからない傘を拝借したことはないだろうか? あるいは、冷蔵庫にある誰のものかわからないプリンを食べたことは? 私は、ある。それも何度も。その一方で、お金を盗んだことはただの一度もない(本当です)。

 要は、そのものがお金から離れれば離れるほど、ちょっとした不正の対象となりやすい、ということだ。

 もう一つ例を紹介しよう。あなたはどう思いますか?

「アメリカの大学で、教授が論文の執筆者に対し、論文完成までの期間を質問しました。(1)最も順調に進んだ場合にかかる期間、(2)最も手間取った場合にかかる時間を聞いたところ、学生たちの平均は(1)が27.4日、(2)が48.6日でした。完成までに最も可能性の高い期間は33.9日という答えでした。では、実際に学生が論文を書き終えるまでに要した時間の平均はどの程度でしょうか?」

 計画を立てる際に多くの人が、「私に限って低俗なものや甘い誘惑に流されることはない。きちんと計画を実行できる」と考えがち。これは自信過剰の典型的な例で、多くの人は自分が限りなくベストケースに近いシナリオで物事を達成できると思い込んでいるのだ。

 先ほどの例で実際に学生たちが論文を書き終えるまでにかかった期間は、平均して55.5日。ベストシナリオの実に2倍、最悪の想定よりもまだ時間がかかっている、ということになる。「計画を立てるときには、自分が想定した期間の倍はかかると考える」ほうが無難、と言えそうだ。

 本書では人間の不合理な行動が、これでもかというほど出てくる。どれもこれも、多くの人にとって思い当たる節のあることばかり。だからといって恥じる必要はなく、そうした自分の行動を客観視できるようになれば、逆に自分のお金の使い方や行動をうまくコントロールすることも可能になる。行動経済学の射程は、経済にとどまらず、広く人間の行動全般に及んでいるのだ。

 人間は経済活動を行うにあたって、合理的な判断を下す、というのがこれまでの経済学の考え方だった。しかし行動経済学は、この前提を真っ向から否定する。人間はとにかく不合理だ、たとえそこに自分のお金が関係していても。いやむしろ、自分のお金が関係しているからこそ。

「人間ってなんて不合理なんだろう」

 そう考えて人間を笑い、愛すること。行動経済学という学問の究極の目標は、案外そんなところにあるのかもしれない。

文=A.Nancy