水中は人類の宝物庫! 水中考古学が解き明かす、世界の歴史と文化

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/16


『水中考古学 – クレオパトラ宮殿から元寇船、タイタニックまで』(井上たかひこ/中央公論新社)

一般的に「沈没船」と聞けば、何を思い浮かべるだろうか。結構な割合で「財宝」のような答えが返ってきそうである。かくいう私もそのひとり。おそらく「海賊船」とか「宝島」のようなイメージと混同していることもあろうが、大昔に沈んだ船に金銀財宝が眠っていると思えば、夢想家でなくても多少のロマンは掻き立てられるはずだ。

しかし、沈没船に財宝があろうがなかろうが、実はあまり関係なかった。沈没船自体が、まさに「人類の宝」と呼ぶべきものだからである。そういう観点で沈没船などの水中遺物を捉えているのが『水中考古学-クレオパトラ宮殿から元寇船、タイタニックまで』(井上たかひこ/中央公論新社)だ。考古学──つまりは学問である。水中に眠る遺跡や遺物から、過去の事象を明らかにしていこうということだ。例えば伝説とされるアトランティス大陸だが、もしも海中からその痕跡が発見されれば、人類史の謎が一気に前進するかもしれないのである。

まあ伝説や神話に属する話はさておき、水中考古学とはどのようなことを行うのか。本書で最初に取り上げているのが「ウル・ブルン難破船の調査」である。これは「ツタンカーメン王」への積荷を運んでいた船が沈み、長い年月を経てその遺物が発見されたことから始まった。ツタンカーメンは紀元前1333年頃のエジプトのファラオで、名前を知っている人以外にも、「黄金のマスク」のほうを覚えている人も多いだろう。そういう有名な人物の遺物が発見されるというのは、それだけで明確に歴史の探究に繋がる。実際にここで引き揚げられた銅塊から、古代エジプトにおける青銅器の発展の流れが詳らかとなった。また象牙の遺物からは、小さな象牙のほとんどがカバの歯で作られていたことも判明。その時代のさまざまなことが、この沈没船から解き明かされていったのである。

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一方で、水中ならではの難しさも本書では説く。水中であるため、当然ながら陸上での作業よりも行動は制限される。潜水時間は、潜水病のリスクを避けるため20分程度で、天候や潮流によっては、調査そのものが行えない場合もあるのだ。さらに引き揚げた遺物の保存方法にも手間がかかる。長い間、水中に存在した遺物を地上に引き揚げると、環境の変化から一気に劣化が進行してしまう。特に船の残骸である木材や紙、皮革類などが変化しやすいようだ。それらを保護するために、木材を固定化して保存できるポリエチレン・グリコール溶液を吹きつけたり、真空凍結乾燥法で処理したりするなどの工夫が採られている。こうした工程を積み重ねていくため、ひとつの調査に10年以上の長いスパンが求められることがほとんど。加えて潤沢な資金があるわけでもないため、常に資金難であるという。

それでも夢追い人の探究心は止められない。著者の井上たかひこ氏は、自身がアメリカのテキサスA&M大学に留学中、友人から教えられた「ハーマン号」にずっと興味を抱いていた。帰国後、本格的に調査を始め、どこに沈んでいるのかすらわからなかったところから、ついにその場所と思しき地点を特定。最初の潜水で見事に目標物の発見に成功した。最初は4人からのスタートだったこの作業も、今では「勝浦ハーマン号プロジェクト」として資金協力を募りながら展開中だ。

トレジャーハントの世界は冒険心に溢れ、夢のあるように思えるが、実は遺跡保護の観点が一切排除されている。一部では財宝を取り出すため、歴史的に貴重な沈没船の残骸を破壊することも行われているようだ。ゆえに「ユネスコ水中文化遺産保護条約」が2009年に発効したことは大きな意味を持つ。水中の遺物は人類全体の宝である。まだ一般的には認知度の低い水中考古学だが、今後、活動の持つ意味が広く知られるようになれば、水中文化遺産の保護も力強く進んでいくと信じたい。

文=木谷誠(Office Ti+)