人、動物、音、香り… さまざまな“齢”を通して〈永遠〉を描く、渾身の27編

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/16


『よはひ』(いしいしんじ/集英社)

表紙には、枠をはみ出る勢いでのびのびと書かれた「よ」「は」「ひ」の三文字。著者いしいしんじの5歳になる息子、「ひとひ」君の手によるものだ。日本経済新聞(2015年12月27日)に寄せたエッセイの中でいしいさんは、ひとひ君の「うまれてはじめてかくひらがな」がマス目や行を前提とせず、〈横に、縦に、ななめに、どんどん溢れ〉る様子を見て、〈五歳児は、書いたかわりになにかを求めない。書くこと、そのものが「贈る」こと「渡す」ことだ。物書きとして、いつかは到達したい境地だと、ぼんやり見あげている〉と語る。『よはひ』(いしいしんじ/集英社)で描かれる27編は、「おはなし」好きのおとうさんとその息子ピッピを通して、誰もが幼い頃持っていた感覚を呼び覚まし胸を打つ作品だ。

ピッピが目をあける。色が、光が、爆発します

ピッピの視点から見える世界を描いて鮮やかなオープニングを飾る「二歳五ヶ月のピッピ」。続く各章のタイトルを見ると、「六十二歳の写真家」「小学四年の慎二」など、なるほど「よはひ=“齢”」に関わる物語が続く。“齢”があるのは人間だけじゃなく、「九十二歳のイースト菌」「五十万年の砂丘」なんてのもある。なに、これ、へんなの。そう思った瞬間から、読者はピッピと一緒に「おはなし」の冒険を始めている。

advertisement

『よはひ』の中では、どんな人も、動物も、物も、音や香りでさえ、みんな平等に「おはなし」の主役だ。そして平等に〈永遠〉。〈日付は意味をなさず、年齢も消え去り、ヴァイオリンからほとばしるあらゆる瞬間が、巨大な永遠の一部としてこの星の上にたちあがる〉――楽器になる以前の樹木から、楽器職人、作曲家、演奏家、聴衆を通し時空を超えて“音楽”を表現し壮大な「五百歳の音楽」。〈空や海のひろがりに、方向なんてない。上や下なんてあろうはずがない〉と気づいた画家が、ある方法で〈絵〉の中に“永遠に続く、いま、この時”を描く姿が印象的な「六十過ぎの風景画家」。そして犬、馬、パン、サンタクロース、小学生と担任の先生……次々現れる「おはなし」は、渦潮のように読者を飲み込んでいく。

途中、「三歳七ヶ月のピッピ」「四歳七ヶ月のピッピ」と、ピッピが少しずつ成長する「おはなし」も挿入される。〈四歳のピッピ〉はもう〈ものには必ず、字の名前があること〉を知っている。〈「しゃどう」〉を走るタイヤたちひとつひとつをピッピは見分け、〈頭のなかに、夜のネオンサインみたいに、それぞれの名前を明滅させ〉る。〈「ぱとかー」「しばす」「きゅー、きゅー、しゃ」「べんつ」「あうりー」「びーえんだぶるー」〉……ピッピは次々に言葉を覚えて、世界を切り取っていく。そうやってみんな大人になっていく。でも、かつてマス目をはみ出してひらがなを書いていたように、〈横に、縦に、ななめに、どんどん溢れ〉る――物事が姿形を変えても永遠に広がっていく感覚を忘れないで。著者の思いに圧倒される。

文=林 亮子