今年の『このミス』大賞は、異色の経済サスペンス! 株取引の天才「黒女神」は人の心も読み解く?

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/16

「世の中、金だけがすべてだ」とは言い切れないが、金がないと何もできないことは間違いない。それは、追い詰められた状況に立たされれば立たされるほど、顕著。何か打開策を打つためには、ある程度、まとまった金が必要だ。だが、苦境に立たされた時、世間はどれほど冷たいだろう。知り合いにしろ、銀行にしろ、そう簡単に金を貸してくれるものでもない。だが、もしも、渡した金を大金に変えてくれる株取引の天才がいるとしたら…? 詐欺かもしれないと思いつつも、思わず、すがりつかずにはいられないだろう。

城山真一著『ブラック・ヴィーナス 投資の女神』(宝島社)は、依頼人のもっとも大切なものを報酬に、大金をもたらす株取引の天才「黒女神」の物語。一色さゆり氏の『神の値段』とともに第14回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞した作品であり、異色の経済サスペンス小説として、選考委員たちを唸らせた作品である。「株」に詳しくない人であるほど、「株取引」という言葉にどこか温もりを欠いた印象を受けがちだが、この小説は、その印象をガラリと変える。この小説には、血が通っている。物語の鼓動を感じながら、ページをめくればめくるほど、あなたも「黒女神」の仕事に魅了されることだろう。

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主人公は、「金に困っている人を助けたい」という思いで入社したメガバンクの内情に失望し、石川県が管轄する「金融調査部」の相談員に転職した百瀬良太。良太は、零細企業を営む兄の金策の過程で「黒女神」こと、二礼茜と知り合うことになる。目的のためなら手段を選ばない株取引のエキスパートの彼女は、依頼人が本当に大切に思っているものと引き換えに大金をもたらすといい、兄が必要な資金を得るかわりに、良太は、茜の助手を務めることになってしまう。社屋建設費用の借金に苦しむ老舗和菓子屋社長や薬物中毒で死亡した人気歌手の娘の死因を隠そうとする父親など、彼女の元を訪れるさまざまな人物たち…。茜はなぜこのような活動をしているのか。金を通じて人の心が描き出されていく。

プラチナブロンドに染め上げられたショートボブの髪型。まるで、マネキンのような美しい容姿と、全身黒ずくめの服装。膝上丈のミニスカートからスッと伸びる細長い脚。そして、類まれなる株取引の技術…。「黒女神」こと、二礼茜とは、なんと面白いキャラクターなのだろう。依頼人たちに対する、歯に衣着せぬ物言いも痛快。冷たいような素っ気ない態度をとりつつも、彼女は、依頼人たちが「本気で今の状況を変えようとしているか」「覚悟が決まっているか」を見極めつつ、仕事を引き受けていく。最初は、不正な株取引や詐欺を危惧していた良太だったが、茜の仕事が、本当に困った人々を救うことに次第に強く惹かれていく。2人のやりとりは絶妙。こんなにエンターテインメント性も高い経済小説がいまだかつてあっただろうか。すぐにでも映像化されそうな鮮やかさがこの小説にはある。

この作品は、異色の経済サスペンスだ。最後の大勝負は読みごたえ抜群。人間味あふれる「株取引」を描き出しているからこそ、普段「経済小説」を読まない人もこの物語に惹き込まれるに違いない。人の心。決意。覚悟。金というものが我々にもたらすものの意味…。金を通じて、人情を描いたこの作品をぜひとも、あなたにも読んでほしい。

文=アサトーミナミ