いつの世も変わらぬ女性の強さとしたたかさ! 武家社会に生きる男女の機微を描いた直木賞受賞作

文芸・カルチャー

2016/3/1


『つまをめとらば』(青山文平/文藝春秋)

青山文平氏は、1992年に影山雄作名義で中央公論新人賞を受賞し、作家としてデビューしているが、この時は短編集を1冊出したのみで創作活動を休止している。そして、『白樫の樹の下で』(青山文平/文藝春秋)によって松本清張賞を受賞し、再デビューを果たすのは60歳を越えてからだ。今回の直木賞も67歳での受賞であり、これは星川清司氏の68歳につぐ歴代2位の高齢記録である。

最初は純文学を志しており、時代小説を書き始めたのが60代になってからというから、時代小説作家としては、随分と遅いスタートだ。しかし、簡潔でありながら深みのある文章、そして、江戸時代の文化と生活が手に取るように分かる的確な描写力は、熟練の技を感じさせる。読み始めると物語の世界にすっと入っていくことができ、そのまま一気に引き込まれていくのだ。直木賞に選ばれた『つまをめとらば』(文藝春秋)においてもその腕前は存分に発揮されている。

本書は、6つのエピソードからなる短編時代小説だ。それぞれ独立した話だが、いずれも、太平の世にあって、活躍の場もなく汲々と生きる武士たちに焦点を当てている。主人公の多くは、出世をあきらめ、ささやかな趣味を慰めとし、つつましやかな生活をよしとしている男たちだ。その一方で、女たちは、世知辛い世の中をたくましく、したたかに生き抜いていく。ならば、本作は、夫を裏で支える頼れる妻の姿を描いているのかと言えばそうではない。時代の情緒をたっぷりと味わえる作品にもかかわらず、登場する女性たちは意外と現代的だ。

例えば、「ひともうらやむ」である。名家の跡取り息子であり、才能にあふれ、人柄もよい好青年が、藩医の娘にひと目惚れする。彼の想いは娘に通じ、めでたく祝言を挙げるのだが、1年もしないうちに妻となった娘の方から「飽きたから離縁してほしい」と言い出すのだ。また、「つゆかせぎ」では、俳諧を唯一の趣味に目立たぬように生きてきた男が、妻と死別して、初めて彼女が人気戯作作家であったことを知る。これらの作品で描かれているのは、時代設定に即した古風な女性像とは真逆のものだ。そうして考えると、出世をあきらめ、趣味に生きる本作の主人公たちも現代の若者に通じるものがあると言える。

つまり、本作は封建社会の世をリアルに描きながらも、同時に、現代社会の映し鏡にもなっているのだ。その中で浮かび上がってくるのは、いつの時代にも存在する男女の埋まらぬ溝である。男性にとって女性は理解しがたい存在であり、それ故に魅かれもするが、彼女たちの不可解な行動に振り回されることも少なくない。そうした、女性に対する男たちの複雑な想いを丁寧に掬いあげること自体が本書の主題だとも言えるだろう。そして、その主題が一番ストレートに表に出ているのが、表題作である「つまをめとらば」だ。

還暦が近い深堀省吾は、3度嫁を貰っているが、いずれも上手くいかない。本人は誠実な性格にもかかわらず、嫁からは優柔不断となじられて愛想をつかされるのである。一方、幼馴染の山脇貞次郎は女嫌いで通っており、一度も妻をとったことがない。そんな彼が所帯を持つから家を貸してほしいという。快諾する省吾だったが、いつまでたっても嫁はこない。貞次郎曰く、男ふたりの気楽な生活が心地よくて所帯を持つ踏ん切りがつかないというのだ。気心の知れた男同士の暮らしか、嫁と共に過ごす老後か。省吾はどちらも選べず、大いに悩むことになる。

これなどは実に現代的なテーマだ。すれ違いの多い男女で一緒に暮らすよりも気楽な独身生活の方がよいという傾向は近年確実に高まっている。そういう現実と重ねて読めば、本作を通じて考えさせられることも多いだろう。

しかし、うだつの上がらない男たちが、女たちに振り回される話を読んでも男性読者にとっては楽しくないのではと思うかもしれない。ところが、実際に読んでみると、登場する人物は、男女とも魅力的であり、ストーリーもテンポよく進み、読後も案外さわやかなのだ。設定だけ聞くと、身につまされるような話になりそうなところを、読後感の良い一級の娯楽作品に仕上げているのは、著者の卓越した技量を証明するものだと言えるだろう。

文=HM