映画『Mr.ホームズ 名探偵最後の事件』3月18日公開! 心の変容を“謎解き”するのは93歳のシャーロック・ホームズ

文芸・カルチャー

2016/3/5

2016年は立て続けに2本、“シャーロック・ホームズ映画”が公開される。1作は、ベネディクト・カンバーバッチ主演の英国BBCドラマのスペシャル版『SHERLOCK/シャーロック 忌まわしき花嫁』(現在公開中)。もう1作は、いよいよ3月18日(金)に公開となる『Mr.ホームズ 名探偵最後の事件』だ。ホームズを演じるのは、「X-MEN」シリーズのマグニートーから「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズのガンダルフ役まで、映画ファンの間でも名高いイアン・マッケラン。後者は、アメリカ人作家のミッチ・カリンによる『ミスター・ホームズ 名探偵最後の事件』(駒月雅子:訳/KADOKAWA 角川書店)が原作で、93歳になったホームズを描く異色作として話題になっている。ここで、映画公開の前に原作本から内容を紹介しよう。

物語の舞台は第二次世界大戦後、1947年のイギリス南西部の田舎。93歳になったホームズは、正典(コナン・ドイルが生んだ60編の物語は「正典」と呼ばれる)通り探偵業からは引退し、その地で養蜂業を営んでいる。しかし、相棒であり記録係でもあったワトソンが描いた自身の姿を「あれはすべて若かりし頃の私の虚像」と語り、今では「犯罪者どもが巣食う複雑怪奇な泥沼をかき分けたいという願望」はなく、さらに「寄る年波には勝てず、かつては完璧を誇った記憶力も衰えを見せ始めて」いる。つまり、正典のホームズ像になじんだ人にとっては、少々異なる印象のある老人が描かれるのだ(もちろん、第一印象だけで職業や生い立ちを推理するような彼らしさは残っているが)。

この隠遁生活におけるホームズの姿を軸に、物語は次の3つのパートが交差しながら進む。各パートの境界線は曖昧で、ホームズ自身がおぼろげな記憶をたどる姿をなぞるように、時代や場所を自在に行き来する。

1:現在→養蜂を通して親しくなった少年ロジャーと、その母・マンロー夫人との交流
2:2カ月前→戦後間もない日本を旅した際、同行したウメザキ氏の正体と彼が抱える謎
3:45年前→探偵現役時代に携わった、記録に残さずにいた事件のあらまし

ホームズの華麗なる復活や謎解きの妙だけを期待して本書を読むと、思わぬ肩透かしを食らうかもしれない。なぜなら、謎解き以上に中心となるのは“老いによって変わりゆく自身の心を探るミステリー”だからだ。

かつてホームズは正典『ウィスタリア荘』のなかで

「僕の知性は空転するエンジンみたいなものだ。仕事をさせるために制作されたのに、その仕事が与えられなかったら、破裂してこなごなになってしまう」
『シャーロック・ホームズ最後の挨拶(新潮文庫)』(コナン・ドイル:著、延原 謙:訳/新潮社)より

と語っている。その人物が老いによる記憶力の衰えに直面したときの戸惑い、恐れ、悲しみとは、どれほどのものだろう? しかしホームズは、自身の心に巻き起こる変容について、可能な限り冷静に探究していく。哀愁漂う場面も多いが、少年ロジャーと日本人ウメザキ氏との交流を経て、今までの彼であれば取らなかったような行動に出る様は、本や映像を通じて知るどのホームズよりも人間味にあふれている。

また、特筆すべきは戦後間もない日本、とくに原爆が投下された直後の広島の様子が克明に描写されていることだ。その描写からは、ふたつの世界大戦、そして愛する人々との別れを経て、ホームズの心に刻まれた哀しみが浮き彫りになる。なお、過去の事件を描くパートでは、かつてのホームズらしい推理と冒険劇にわくわくさせられる。

何年生きていようとも、人間は不可解な存在で、自分のことすら100%理解できることはないだろう。老いることで失うものも大きいが、あふれる探究心をもってすれば、人生はまだ多くの謎と発見に満ちている。ホームズが解き明かそうとする老境の心は、いずれ私たちにも訪れる未来が、寂しくも静かで温かいものだと感じさせてくれる。

普遍的かつ人間にとって究極の真理を描く本作は、ミステリーファンだけでなく多くの人が楽しめる作品だ。

文=富永明子

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