『青春探偵ハルヤ』の番外編が読める! 書き下ろし新作を無料公開

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2016/3/5


とある広場で“あの人”


今月の“あの人”は…青春探偵ハルヤ』

浅木晴也(あさぎはるや)

青春探偵ハルヤ』 福田栄一/創元推理文庫

仕送りがなく解体工事のアルバイトで生計をたてる貧乏大学生・浅木晴也。家賃節約のためにワンルームに友人の俊喜と同居するほど金欠の彼に、悪友・和臣が割のいいバイトとして紹介したのは、ストーカー被害に悩む同級生の女の子からの依頼だった。その犯人探しの過程で出会った男からも別の相談事を持ちかけられる晴也。困った人をみると、持ち前の正義感で何かせずにいられないのだ。どんどん増える依頼を前に、素人探偵の彼の活躍はいかに! 軽やかな文章と精緻な構成が魅力の青春ミステリー。15 年、玉森裕太主演で連続ドラマ化。

『青春探偵ハルヤ』番外編

もう一つの依頼【第一話】福田栄一


 ホテル一階の喫茶室はほぼ満席のように見えたが、騒々しさはまるでなく、ゆったりと穏やかな雰囲気が漂っていた。

 俺は店に入ると、近寄ってきたウェイターに待ち合わせであることを告げた。すぐに窓際のテーブル席に案内される。席に並んで座って待っていたのは、中年の男と若い女だった。

「済みません、遅れてしまって」

 約束の時間までまだ十分以上もあったが、そう挨拶して二人の向かいの席に腰を下ろした。

「パパ、こちらの方は?」

 女が訝しげに俺を見ながら尋ねた。

「彼は浅木晴也くんと言ってな、まだ大学生だが、頼まれれば探偵のような真似もしているんだ。本職にも負けない、なかなかの腕利きだそうだよ」

「どうしてそんな人と……」

「知り合いの社長さんに紹介してもらったんだ。私が、お前の交際相手のことで悩んでいると相談したときにな」

「それじゃ、まさか」

「そうだ。彼には有馬章一くんのことを調べてもらった」

「ひどい、どうして勝手にそんな真似をしたの?」

「お前があんまり分からず屋で、私たちに心配ばかりかけるからだ」

二人は抑えた声で言い争った。

 ちょうどそこで、ウェイターが注文を聞きにやってきたので、話し合いは一時中断となった。俺がホットコーヒーを頼むと、ウェイターは一礼して去っていく。

 コーヒーが運ばれてくるまでの間、父娘はずっと無言でそれぞれ別の方向に視線を向けていた。俺はグラスの水を口に運びながら、さり気なく二人の横顔を観察する。

 男の名前は葛西良和といって、年は五十代の半ば、某大手食品メーカーで取締役部長職に就いているそうだ。一流企業の重役に相応しい貫禄のある顔つきだが、成功者にありがちな傲慢さも感じられる。

 その隣に座った娘の泉美は、都内の女子大の四年生で、いかにもお嬢様らしい淑やかな雰囲気を漂わせていた。繊細に整った美しい顔立ちだが、目元に凛々しさがあって、何でも親のいいなりというわけではない意志の強さを感じさせる。

 やがてコーヒーが運ばれてきて、ウェイターが去ると、葛西はさっそく本題に入った。

「とにかく、まずはお前も浅木くんの報告を聞きなさい。もし有馬くんがお前の言うような立派な青年だったとしたら、調査されたところで何も困ることはないはずだ。そうだろう?」

「……分かった」

 泉美はまだ不満そうな顔をしていたが、頷くしかないようだった。

「では、浅木くん、よろしく頼む」

 葛西に促されて、俺はポケットから取り出した手帳を開き、報告を始めた。

「まず、調査対象の有馬章一がフランス料理店のヴァレ・ド・ジューに勤務しているという話ですが、実際に店に行って確認してみたところ、入店してから三ヶ月も経たないうちに辞めていたことが分かりました。辛い修業に耐えかねて逃げ出した、ということらしいです」

「嘘です、そんなの」

 泉美は鋭い声で俺の報告を遮り、睨み付けてきた。

「泉美、落ち着きなさい。ともかく最後まで報告を聞くんだ」

 葛西は周囲の視線が自分たちに向けられるのを気にしながら、慌てて娘の肩に手を置いた。

 泉美がやや気持ちを落ち着けたらしいのを見て、俺は報告を再開した。

「フランス料理店を辞めた後、有馬は幾つかの店を転々として、現在は六本木のダイニングバーに勤めているようです。しかし、ここでも欠勤が多く、あまり褒められた勤務態度ではないそうです。……続いて、彼の交友関係についてですが、葛西さんのお嬢さんの他にも、親しく付き合っている女性が最低でも二人はいることが分かりました。彼女たちに話を聞いてみると、どちらも有馬とは将来を約束した真剣な交際をしていると言い、少なくない額の金を貸しているとも言っていました」

 話を聞いているうちに、泉美の顔がじわじわと青ざめていくのが分かった。俺としても、これ以上彼女を傷つけるような言葉を並べたくはなかった。しかし、頼みを引き受けたからには、最後まできっちりと果たさなければならない。

※リンク先のJT「ちょっと一服ひろば」は、満20歳以上のたばこを吸う方に向けたウェブサイトです。作品の他、たばこに関する情報が掲載されています。


ふくだ・えいいち1977年、愛媛県生まれ。2003年、コミカルな青春小説『A HAPPYLUCKY MAN』で作家デビュー。その後、ミステリー、コメディ、時代小説など、さまざまなジャンルに作風を広げる。著書に、『たまゆら荘のユーウツ』『あかね雲の夏』『青春探偵ハルヤ』(『エンド・クレジットに最適な夏』から改題)『蒼きサムライ』『夏色ジャンクション』『春の駒 鷺澤家四季』『探偵の流儀』『森笠邸事件 探偵の流儀Ⅱ』などがある。