池井戸潤が描く企業の不祥事隠蔽 ―働く意味を見失った普通の人々

文芸・カルチャー

2016/3/5

歯車のひとつに過ぎない従業員の間違った行動で、企業は途端にうまく回らなくなる。はじめはひとつの歯車の問題だったのが、次第に他の歯車にも悪影響を及ぼす。その過ちをすぐに正すことができる企業は良い。しかし、思わず、それを隠してしまう企業が多いのも事実だ。ビジネスは、会社の利益と客の利益のバランスの上に成り立つはずだが、「お客さまが第一」とはなりにくい。会社の利益やサラリーマンとしての個人個人の利益を優先し、間違ったことを間違っているといえない環境を生み出してしまう場合も少なからずあるだろう。

池井戸潤著『七つの会議』(集英社)は、会社に属する人たちにとってのそんな虚しい現実をありありと描き出す。NHKでドラマ化もされたこの作品は、7つの会議、7人の登場人物が織りなす群像劇によって、ある会社組織の闇を映し出している。「正しい」ことを全うする、そんな当たり前のことがどうしてこんなにも難しいのだろうか。サラリーマンにとっての「正しさ」とは何なのか。それぞれの事情を抱えた人たちは葛藤しつつ、自らの考える信念を貫き通そうとする。

舞台は、一部上場企業の子会社である中堅メーカー・東京建電。ある時、エリート課長・坂戸宣彦が「パワハラ」で訴えられる事態に追い込まれた。訴え主はぐうたらを絵に描いたような態度ばかりで他の社員から煙たがれている万年係長・八角民夫。表面的には明らかに八角に問題がある状況のなか、社内委員会は坂戸を他部署へ飛ばすという不可解な人事を決定した。事態収拾のために起用されたのは、万年二番手に甘んじてきた男・原島万二。次第に原島は会社が隠し続けてきた深い闇に飲み込まれていく。

この本はあらゆる登場人物の視点から東京建電の姿を描き出していく。最初の数ページ読んだ際には、「『半沢直樹』で名高い池井戸潤作品でパワハラがテーマだなんて何だか珍しい」と思うだろうが、次第に「この会社には何かがある」とページをめくる手を休めることができなくなることだろう。そして、パワハラ事件が会社存続をも揺るがす一大問題に結びついていることが明らかとなった時、会社勤めをしたことがある人間だったら誰もがサッと血の気が引く思いがする。東京建電が行った大きな不正。そして、それを会社をあげて隠蔽しようという決断。一番恐ろしいのは、ここに登場する人物のほとんどが社会的に誤っているはずの行動を「企業としての正解」として、遵守しようとしていることだ。

人は何のために働くのだろう。この物語に登場する人々は、その答えを見失いながら、他をいかに蹴落とし、出し抜き、自分が出世して自らにとっての利益を生み出すかばかりに気を取られている。だが、このような事態は珍しくはないのかもしれない。誰だって自分が可愛い。不正を起こすのは、極悪非道の悪人ではない。不正と隠蔽はごくごく普通の悩みを持った人たちによって生み出され、巨大化していくのだ。時に誤った道を歩み出すことだってあるのだ。

「客を大事にしない商売はすぐに滅びる」。そんな当たり前のことをどうして企業は見失ってしまうんだろう。この小説の登場人物たちと同じ立場に立たされた時、会社を揺るがす不祥事を知った時、あなたならどうするだろうか。半沢直樹シリーズ著者が描くクライム・ノベルは、働く人すべてに大きな問いを投げかける。

文=アサトーミナミ

今月のおすすめ書籍を紹介中!