こんな宮部みゆき読んだことない!? “ボツネタ”満載な世界を救うファンタジー『ここはボツコニアン1』

文芸・カルチャー

2016/3/21

宮部みゆきに死角なし。そう断言してしまっても異論はないだろう。

『ソロモンの偽証』などの現代ミステリーの印象が強いが、『あかんべえ』のようなしみじみした時代小説も手がける。とびきり怖いホラー『あやし』を嬉々として発表する一方、『ドリームバスター』のようなSF系も人気が高い。どんなジャンルを手がけてもベストセラー級の傑作に仕立ててしまうその筆力は、まさに当代一のエンタメ職人と呼ぶにふさわしい。

もちろんファンタジーだって手がけている。『ブレイブ・ストーリー』『過ぎ去りし王国の城』など、壮大なイマジネーションで紡がれたファンタジー作品は、ここではない世界を夢見る読者の心をがっちり掴んで離さない。

3月18日に文庫版が刊行されることになった『ここはボツコニアン1』(集英社)もファンタジー系統の作品だ。といっても、単なる異世界ファンタジーではなく、ある異色の試みがなされているのだが……ま、そこは後ほど紹介するとして、簡単にあらすじを紹介しておこう。

ここは異世界にあるモルブディア王国。12歳の誕生日を迎えた少年ピノの枕元に、赤いゴム長靴が現れた。この国では世界を救う〈選ばれし者〉のもとには、特別な長靴が現れることになっている。さっそく村役場を訪ね、ゴム長靴を鑑定してもらったピノ。結果は、「当たりだ!」。

その瞬間、ピノの足もとがスポッと抜け、長い長いトンネルを落下することに。着地した先にいたのは、ピノと同じ年頃で、黒いゴム長靴を持った少女ピピだった。やがて2人の前にはしゃべる植木鉢の花が登場。〈世界のトリセツ〉を自称する花は、ピノたちに〈選ばれし者〉の旅の目的を告げるのだった。と、ここまでが冒頭約30ページまでのストーリー。

勇者の証がゴム長靴で、植木鉢の花がしゃべる? なんかテキトーな設定かも。そう感じたあなたは正しい。そうなのだ。主人公のピノもこう突っ込んでいる。「あ、俺も思った! 何だよ、あの大まかな設定って。魔法名がうんぬんかんぬん、テキトーだよなあ」。

それに対する〈トリセツ〉の答えはこうだ。「おっしゃるとおり、とってつけたような設定なのです」。ええーっ、それでいいの!?

実はピノたちの暮らす世界は、本物の世界から日々吐き出される〈ボツネタ〉によって構成された、できそこないで不完全な世界〈ボツコニアン〉だったのだ。2人は世界を本物にするために、冒険の旅に出ることになる。

以下、物語は全5巻にわたってピノとピピの大冒険を描いてゆくのだが、ボツネタ満載の世界というだけあってこれが抱腹絶倒もの。1巻ではポンコツなドラゴンが現れたかと思うと、地底のダンジョンには忍者が登場、マッドサイエンティストが操るロボットまで大暴れする。ファンタジーの王道をなぞっているようで、ボツな方、ボツな方へと逸脱してゆくストーリーがとにかく楽しい。

さっき「異色の試み」といったのはまさにこの点だ。本作は先行するRPGやファンタジーへのパロディとギャグ満載で展開してゆく、史上初“笑える宮部みゆき”なのである。

「バグってんじゃねえか?」「この世界では、移動するだけでHPが減ります」といったゲームネタ、「気の毒なのは挿絵画家よね……」といった自己言及的なセリフなど、各ページに一度はギャグが仕掛けられている。しかもこの笑いには妙な中毒性があって、1巻を読み終えるとすぐに2巻を買いに走りたくなってしまうのだ。さすがは宮部みゆき。ギャグを書いても死角なし!

果たしてピノとピピはボツネタだらけの世界を救うことができるのか? 文庫版『ここはボツコニアン』全5巻は、1巻以降隔月ペースで刊行されてゆく予定なので、これまで読み逃していたという人はぜひこの機会にチェックしてみてほしい。

文=朝宮運河