仕事に優劣はない! 「世界で最も清潔な空港」を支える“職人”の仕事術

ビジネス

公開日:2016/3/14


『世界一清潔な空港の清掃人』(新津春子/朝日新聞出版)

 医者、学者、スポーツ選手、俳優、政治家――。

 立派な人が活躍し賞賛されている姿を見ると、自分なんか取るに足らない仕事をやっているように思えてくる。さらに、失敗ばかり繰り返し周囲に怒られ、結局何も生み出せないときには、自分のふがいなさが身にしみてたまらない。

“プロ”と呼ばれる人々を密着取材したドキュメンタリー番組、NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』など最たるものだ。確かに自分も頑張ろうと勇気づけられる面もあるが、立派な肩書をもつ人ばかりで気後れしてしまうことも多い。そんな中、2015年6月1日の放送で登場したのが「清掃人」の新津春子さん。失礼ながら、これまで取り上げられてきた職業に対して少し異色である。駅でよく見かけるツナギを着た人たち。腰を丸めて床や壁際を見つめて、黙々と手を動かしているイメージだ。この放送は同番組の2015年最高視聴率を記録。多くの人々の関心を集め、『世界一清潔な空港の清掃人』(新津春子/朝日新聞出版)という一冊の本にまとめられている。

advertisement

 新津さんは、2013年、2014年と2年連続で「世界で最も清潔な空港」に選ばれた羽田空港で働いている。彼女は残留日本人孤児2世として中国で生まれ、17歳で日本にやってきた。日本に来たばかりの頃は日本語が話せず、言葉のいらない清掃を仕事に選んだという。と説明すると、清掃人は誰でもできる仕事ではないかとなってしまうが、それは違う。彼女の場合、音響機器メーカーに勤めたこともあるが、自分にできることを覚えきってしまったためにやめたという。一方、清掃の仕事では、関係する資格を全部とろうと考え、全国ビルクリーニング技能競技会で1位をとるまで結婚はしないとまで言い放ったそうだ。清掃の仕事には自分が成長していく道筋を見出せたのだろう。そして、その通り1997年に競技会で1位をとり、翌年結婚している。「何かひとつのことを始めたら、必ず成果を出す」と決めているという新津さんはとにかく向上心が強い。

 しかし、清掃の仕事が周囲の人々に蔑まれていると感じることもあるようだ。客が目の前にゴミを投げ捨てて「お前が拾って当然だ」という態度をとられたこともあると、その道のりを振り返る。必死に仕事をしていてそんな仕打ちを受けたら、腹が立つのはもちろん、やりきれなくなりそうだ。それこそ自分の仕事に疑問をもちかねないと思うが…。清掃人を“職人”と捉え、その面白さにやりがいを感じる新津さんは、自分が納得いくまで仕事をやり遂げることで社会の価値観そのものを変えたいとする。

 本書は、大きな困難を乗り越えて成功したなどというわかりやすくドラマティックなストーリーが披露されているわけではない。新津さんは自分の話が役に立つのかわからないとしながら、ただ思ったことを素直に伝えようとする。その平易で率直な文章に、淡々と努力を積み重ねてきた新津さんの強さがうかがえる。何より、人と自分を比べることのバカバカしさに改めて気付かせてくれるのだ。「何かができなかった自分から、何かができる自分になることが重要で、それが喜び」と語る新津さんの言葉が胸にしみる。

 せっかくやるなら、できれば人に認められたいと思う。が、認められるのは懸命にやった後でいいのだ。そう思えば、肩の力が抜けて気持ちも楽になる。今自分ができることに力を注ぐだけ。それで案外、人はどうあれ、自分自身はやりがいや達成感といった充実した気持ちを得られるのかもしれない。

文=林らいみ