史上最強の“飛脚”が、坂本龍馬と幕末を駆け抜ける!【30代男性におすすめ】

マンガ

公開日:2016/3/15


『暁のイーリス』(内堀優一:著、槇えびし:イラスト/KADOKAWA)

 いつか憧れた揺るぎないヒーロー像とハードな人間ドラマを送り出す小説レーベル「ノベルゼロ」。大人が惚れる大人の主人公を通して、物語に触れる喜びを追求していく。そんな「ノベルゼロ」から今回取り上げるのは、内堀優一著『暁のイーリス』(槇えびし:イラスト/KADOKAWA)だ。

 本書は熊八という架空の人物を幕末に登場させた時代小説である。年代でいうと坂本龍馬の江戸遊学から江戸無血開城であり、龍馬のほか勝海舟や西郷隆盛といった実在の人物が多数登場する。筋立ても龍馬の活躍を中心に描いた幕末の動乱というものだが、時代小説として新しいのは、主人公の熊八が飛脚という点だ。

 幼少期に江戸の大火に巻き込まれた熊八は、白狐の姿をした神様に命を救われ、代わりに江戸を戦火から救えという天命を授かる。同時に誰よりも速く走る能力を手に入れ、いつしか飛脚として江戸を縦横無尽に走るようになっていた。その速さは走る神、韋駄天のようだと賞賛されている。

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 そんな熊八と龍馬が出会うことで、2人の運命が動き出す。

 面白いのはこの龍馬像だ。史実でも謎が多いとされる龍馬の人物像だが、本書では徹底的に凡庸な男として描かれる。自分では何も決められず、すぐに弱音を吐いてしまうヘタレな下級武士で、唯一の長所は愛嬌があることくらい。「何者にもなれない自分」への不安を抱えながらも、目的もなく無為に過ごしている。そんな現代人的な悩みを抱える青年として登場するのだ。

 一方の熊八は、感情の表出が下手な朴念仁であるが、困った人がいればすぐに体が動いてしまう熱い男。さらに天命を授けられた選ばれし者でもある。白狐の神様が傍らで未来を予見し、様々な助言を与えてくれる。けれども、大事をなすことにはまったく興味がなく、大切なのは自分の手の届く範囲という市井の人だ。

 力はないが何者かになりたい龍馬と、力を持ちながら平凡に生きたい熊八。ふたりが天命を分かち合う“相棒”となることで、日ノ本に大きなうねりが生まれる。

 とにかく快活だ。熊八が白狐の力で大きな事件を予見すると、龍馬が対策を講じて、人と人を繋ぐために熊八が東奔西走する。黒船の来航や桜田門外の変など史実をしっかり踏まえながらも、大胆な解釈で熊八と龍馬の活躍を描いていくのだ。まるで「坂本龍馬」という新ユニットの誕生を見ているかのようであり、“幕末バディもの”としても楽しめる。落語調で描かれる2人の軽妙洒脱な掛け合いも心地いい。

 何より飛脚がこんなにカッコいいなんて! 彼の役目は飛脚として人から人へ想いを届けること。自分の生活が大切だと言いながらも、龍馬に惹かれ龍馬のためにと走り続ける。その行動が歴史上の様々な人物の“縁(えにし)”を繋いでいくことになり、日本の幕開けという大きな変革をもたらしていく。そこには史実どおり龍馬の犠牲も当然ながらついてくる。ひたすらに走り続ける熊八は、果たして相棒の遺志にどんな決着をつけるのか。その感動的な最後も必見である。

 余談だが、実は本書の中で熊八の実在が示唆される。かなり大胆な解釈ではあるが、龍馬ファンや幕末好きならばきっと唸ること請け合いだろう。

文=岩倉大輔