0円生活の達人ホームレスの暮らしぶりから「真の豊かさ」について考える

社会

公開日:2016/3/21


『TOKYO 0円ハウス 0円生活』(坂口恭平/大和書房)

 私が『TOKYO 0円ハウス 0円生活』(坂口恭平/大和書房)を手に取ったのは、他でもない「0円ハウス 0円生活」という文句に惹かれたからである。

 読み始めてすぐに、「0円ハウス」がホームレスたちの住む「家」を指しているのだということが判明した。本書は、俗にいうブルーハウスとそこに住む人たちの生活を切り取った研究書だったのである。

 ホームレスと聞いて、悲惨な生活状況を思い浮かべた方がいるかもしれないが、ここに登場するホームレスたちの生活はなぜか「豊か」に見える。

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 東京都・隅田川の川沿いに暮らす鈴木さんと相方のみっちゃん(女性)は、駅から徒歩5分のキッチン・風呂付き一戸建てに住んでいる。なんとこの家、街中に捨てられたゴミや不要品から作られているのだ。つまり、総工費は0円! これがタイトルの所以である。

 この0円ハウスは、材料以外にもいたるところに創意工夫が見受けられる。たとえば玄関扉には取っ手がないのだが、これは「取っ手がないと入れない」と思い込む人間の心理を利用した防犯策なのである。また、入り口すぐの土間は、状況に応じて玄関やキッチン、風呂などに七変化する仕組みとなっている。

 内開きの玄関扉も、開けば包丁入れになるという優れものだ。また、室内はバイク用ライトのおかげで夜でも明るい。他に、炊飯器やテレビ、ラジカセなんかもそろっている。「電力」はガソリンスタンドで拾ってくる使用済みバッテリーから得ているというからおどろきだ。

 さらにおもしろいのは、この家がほぼ永久に完成しないということ。部品を集めながら、その都度より住みやすいように手を加えていくそうだ。時間をかけてすこしずつ家を「育てる」ことは、そのまま日々の生活を楽しむことにもつながっているように感じられる。

 家の自在性は、便利さや快適さを追求すること以外に「問題解決手段」としても機能している。たとえば、少年が悪戯で打ち込んでくるロケット花火から身を守るために防火ビニールシートを採用したり、一時撤去を求められる花火大会の開催日付近には、分解して移動したりといった具合に。

 さて、次は彼らの仕事についてご紹介しよう。

 鈴木さんは空き缶集め一本で生きている、その道8年のベテランである。あくまでも鈴木さんの場合だが、缶をつぶす作業も含めると労働時間は1日に約10時間に及ぶ。労働体制は午前と午後の二部式で、朝は7時から始まり、あいだに食事や睡眠などを挟んで、夜は8時半からなんと翌朝3時まで働き続けるそうだ。その上、ほぼ休みなしというストイックさだ。

 さらに興味深いのは空き缶の集め方。鈴木さんは、曜日ごとに収集エリアと時間を決めて、みっちゃんと分担して空き缶を集めに回る。さらに、個人宅やホテルなどの業者と「契約」を交わすことで収入の安定・拡大を図っているらしい。鈴木さんの手にかかれば、空き缶集めもひとつの「事業」に見えてくるからおもしろい。

「色々工夫して生きるのは楽しいよ」

“雨ニモマケズ 風ニモマケズ”の重労働であるにもかかわらず、鈴木さんはそう話す。その姿からは、坂口氏が本文で述べているとおり、“独立した生活を続けてきた自信みたいなもの”が感じられた。

 鈴木さんたちの生活の中で、もうひとつ注目したい点は「食の豊かさ」だ。なんと、空き缶集めで稼いだ収入・約5万円のほとんどを食費に費やしているというのだ。

 料理はみっちゃんの担当で、完全に自炊している。食卓に並ぶのは、白米やみそ汁、納豆、おしんこなど栄養バランスのとれた日本の伝統食が中心。他に、刺身や餃子、寒い日にはおでんだって食べる。煮込み料理を作るときは、これまた拾いもののシャトルシェフ(高級保温鍋)を使ってガス代を節約することも忘れない抜け目のなさだ。

 現代社会には、ある程度収入はあっても時間の余裕がなくて、コンビニ弁当や総菜で済ませる人や、自炊していても一部~大半を加工食品に頼っている家庭も多い。こうした傾向は食だけではなく、生活のあらゆる面に浸透してしまっている。

 その他のことがどうでもよくなるくらい働くことが楽しいというのなら、仕事に熱中する生き方もひとつの幸福の形だろう。だがしかし、もしあなたがそうでないというのなら、いま一度、自分にとっての「真の豊かさ」が何であるのかを見つめ直してみる必要があるのではないだろうか。

文=水流苑真智