空腹時要注意! お仕事小説としても絶品の和菓子ミステリー『アンと青春』

文芸・カルチャー

2016/3/24

50万部突破のベストセラー『和菓子のアン』。その続編となる『アンと青春』(ともに坂木司/光文社)が刊行された。

和菓子のアン』といえば、デパ地下にある和菓子店「みつ屋」を舞台に、アルバイト店員・梅本杏子(=アン)の奮闘を描いたほっこり系日常ミステリーのヒット作。2010年の刊行以来、読者の心をとらえてきた名作の6年ぶりの続編刊行とあって、大きな話題となることは間違いないだろう。

みつ屋でアルバイトを初めて1年近く経ったある春の休日。母親とデパートの催事場に出かけたアンは、出展していた金沢和菓子の店に立ち寄った。そこに立っていた若い男性店員は、いかにも接客に慣れていない様子。売り物のお菓子に小麦粉が入っているか、という質問にも満足に答えられない。腹を立てたお客は、こう言い残して去ってゆく。
「ったく、いつまでこんな飴細工の鳥を置いておくつもりなんだか」。
聞いていたアンは疑問に思うのだった。「飴細工の鳥」ってどういう意味だろう? 出勤したアンは、さっそく店長や同僚の立花に尋ねてみる。

謎めいた言い回しをめぐって展開する冒頭の「空の春告鳥」は、これぞ「アン」シリーズと呼びたくなるような作品だ。
日常に現れるささやかな謎と、その鮮やかな解決。アンとみつ屋の面々(しっかりものの店長さんやオトメン立花くんなど)との楽しいかけ合い。随所にさしはさまれる和菓子の豆知識には、日本の食文化の奥深さを知らされるし、清々しいハッピーエンドで読後感も満点。冒頭の1作に「アン」シリーズの魅力がぎゅっと凝縮していて、初めての読者も6年ぶりの読者も、すっと物語世界に引きこまれるだろう。

今作ではアンの心の変化にも注目したい。
「最終学歴は高卒。得意科目もなければ、専門知識も資格もない。あるのは食欲と溜め込んだ脂肪だけ」。そんなアンがみつ屋での仕事を続けてゆく中で、人生と仕事について、これまで以上に考えるようになる。前作『和菓子のアン』がスタートの物語だったとするなら、今回の『アンと青春』は成長にまつわる物語なのだ。

2作目の「女子の節句」はアンが女子旅に出て、本場の京都の和菓子に出会う。3作目「男子のセック」では、みつ屋の向かいに洋菓子店が開店。新たな人間関係が生まれるが、それが思わぬトラブルを生む。続く「甘いお荷物」はデパ地下で見かけた母子のために、アンが知恵をしぼる話。
バラエティに富んだこれらの物語を通して、アンは少しずつ成長し、自分のいるべき場所に気づいてゆく。

悩んでいるのはアンだけではない。お菓子の知識では並ぶ者のない立花くんもまた、彼なりの悩みを抱えていた。最終話の「秋の道行き」ではそんな悩める立花くんのため、アンが推理を巡らせる。
春から秋へ、季節の移り変わりとともにアンたちの成長を描いて、『アンと青春』は鮮やかに幕を下ろす。

春は就職や入学の季節。仕事やバイトをしていると、無力さに打ちのめされたり、劣等感にさいなまれたりすることは誰しもあるだろう。これという得意分野もなくみつ屋でアルバイトを始めたアンが、ゆっくり変り始めてゆく『アンと青春』は、良質のお仕事小説として読者の心をきっと勇気づけてくれるはずだ。

前作との違いといえば、今作からかすかに恋愛要素が漂うようになってきたのも気になるところ。ひょっとして今後、そういう方面でも進展が見られるの? ますます続きが気になる「アン」シリーズ、次はまた6年後なんてことを言わず、できるだけ早く3巻目を出してもらいたいものだ。

ちなみに、アンが働くみつ屋を、老舗和菓子店の若旦那たちが再現するイベントが4月6日から1週間限定で日本橋三越本店にて開催される(「全国銘菓展」会場内)。最終話「秋の道行き」で重要なキーとなった「はじまりのかがやき」など、作中に登場した和菓子も再現されるという。ミステリー&和菓子ファンなら見逃せないイベントになりそうだ。

文=朝宮運河