「一瞬で相手の心を開く」には「褒め言葉」ではなく「勇気づけの言葉」が有効

ビジネス

公開日:2016/3/24

 ゴッホや宮沢賢治など、死後に評価を高めた人物は多いが、心理学者アルフレッド・アドラー(1870--1937)もそのひとりだろう。特に日本では今まさに大ブーム。アドラー心理学によるコミュニケーション・ハウツー本は、2014年以降に発売されたタイトルだけでも100冊超えの猛威である。

 近年ではビジネスマン向けが多いアドラー本だが、ブーム以前に出たタイトルを見ると、親や小中学校の先生に向けた、子供・児童・生徒とのコミュニケーションガイドが多く目立つ。いったいなぜなのか?

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 その理由を教えてくれたのが、『アドラー流 一瞬で心をひらく聴き方』(岩井俊憲/かんき出版)だ。会社での人間関係に関するアドバイスが中心の本書だが、著者によれば、アドラー流会話術では、どんな関係であっても「上から目線はとにかくNG」。そのため、上司、親、教師には特にアドラー流が役立つらしい。

押さえたいポイント1. ほめる言葉と「勇気づけの言葉」の違い

 そんなアドラー流会話術でまず押さえたいポイントが「勇気づけの言葉」だ。アドラー心理学は別名、「勇気づけの心理学」と呼ばれるほど、「勇気づけ」という考え方を大切にしている。例えば職場で、ある人が成果をあげたとしよう。その場合、アドラー流では相手を「ほめる」のではなく「勇気づける」のである。次にあげた言葉を比べてみてほしい。

ほめる言葉の例

 1. えらいじゃない
 2. やったじゃない
 3. がんばったよね
本書より引用

 え、いいんじゃない? と思うのは間違い。このさりげない一言がコミュニケーションNGの第一歩だという。では次に、上記の3つを「勇気づけの言葉」に変換してみよう。

勇気づけの言葉に置き換えると

1. ○○さんの願いがかなって私もうれしいよ!
2. これって○○さんが努力してきた結果だよね!
3. あなたの今回のサポート、とても助かったよ!

 どうだろうか? ほめる言葉は評価されているようで上から目線が感じられる。一方、勇気づけの言葉の場合は、対等なヨコの関係が感じられ、素直に受け取ることができる。これがほめる言葉と勇気づけの言葉の大きな違いなのだ。

押さえたいポイント2. 気をつけたい「なぜ?」のNG例

 では次に、相手(同僚・友だち・子供 など)が失敗をしたとする。つい、こんな言葉を言ってしまわないだろうか?

【なぜ?のNG例】

1.「なぜ、そんなことをしたの?」
2.「なぜ、いつもそうなの?」

 聴く側は失敗の原因(過去)を知ろうと「なぜ?」と問う。アドラー流ではこれを過去に向いた「決めつけのなぜ」と呼び、相手はこれによって心を閉ざすと教えている。その代わりに、未来に意識を向けた言葉をかけることを勧めている。

【未来に意識を向ける言葉】

1. 「どうしたら失敗を防げるかな?」
2. 「どうしたら変われるかな?」

 どうだろうか? 過去を責めている印象が一転し、自然と相手が心を開くような聴き方になっているのがわかるだろう。ちなみに「なぜ」の効果的な使い方は、本書に記されているので、ぜひそちらを参照してほしい。

未来に意識を向けることがアドラー流の大きな特徴

 アドラー流が他の心理学と大きく違うのは、「未来に意識を向けること」を重視している点だ。これを「目的論」と呼ぶ。つまり、人の行動には目的がある、という考え方だ。一方、他の心理学の多くは、人の行動には原因があると考える「原因論」。そのため原因(過去)を探ることを重視する。しかしコミュニケーションの場においては、原因を探ろうとすると、相手が心を閉ざしてしまうリスクが高まるのである。

 図版をふんだんに使った本書は読みやすく、「アドラー心理学の基本用語」がプロローグを飾るので、アドラー心理学に初めて触れる人も安心だ。基本から応用まで目からウロコのアドラー流コミュニケーション・ノウハウが並び、「ケース別会話例」は仕事編とプライベート編があり、すぐに実践応用も可能だ。

 また、「聴きベタな人の5つの特徴」では、相手の話の途中で言葉をはさむ/自分の話ばかりする/リアクションがとぼしいなど/説教口調になる、など5つの典型が解説されており、思い当たるふしがあるという人も少なくないかもしれない。

 ちなみに本稿でもタイトルにならい「聞く」ではなく「聴く」を使った。著者によれば聴くとは「耳だけでなく目も駆使して相手から伝わってくる情報・感情・意図を受け取る」ことだという。そして対等の立場で共感する。この姿勢こそが、相手の心を開くための第一歩となるのである。

文=町田 光