ある日突然、「ひきこもり」の兄が部屋から出てきた! そのとき、妹はどうする!?

マンガ

公開日:2016/3/24


『ふつつか者の兄ですが』(日暮キノコ/講談社)

 内閣府の調査によると、国内の「ひきこもり」の総数は69.6万人にも及ぶという。しかし、この社会問題をテレビの向こう側の話だと捉えている人は少なくないと思う。身近にそういった存在がいなければ、どこか現実味の薄い、自分とは関係のないものだと思ってしまうのも仕方がないかもしれない。けれど、もしも家族の誰かがひきこもりだったら? はたして、その問題と真摯に向き合うことができるのだろうか。

ふつつか者の兄ですが』(日暮キノコ/講談社)の主人公、田処志乃は、今まさにそんな問題と向き合うことを余儀なくされている。

 女子高生である志乃には、絶対に誰にも言えない秘密があった。それは、ひきこもりの兄・保の存在。保は中学生の頃の部活で挫折感を味わい、そのまま不登校になった。そのうち不良たちとつるむようになり、家で暴れるように。そして両親が別居したのを機に、本格的に心を閉ざしひきこもりになった。

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 そんな兄の存在を、決して周囲に知られてはならない。せっかく転校までして、家庭の事情を知らない人たちの世界に飛び込んだのだ。そこで築き上げたものを壊すことなんて、絶対にできない。だから志乃は、家にひきこもりがいるなんて口が裂けても言えないのだ。

 ところがあるとき、保が「そろそろ部屋を出ようかな」と言い出した。しかも、バイト先まで志乃を迎えに来たり、お弁当を作ってみたりと、志乃の生活に少しずつ顔を出し始める。もちろん、志乃にとっては大迷惑。必死になって隠してきた保の存在が、まさか本人によって明るみに出るなんて。勝手に出てきたくせに、兄貴ヅラしないでよ――。保がひきこもっていた4年という月日は、兄妹の関係をいびつに歪めてしまったのだ。

 ひきこもっていた人間が社会復帰しようとする。これは素晴らしいことだと思う。しかしながら、その家族のなかには、志乃のように心からそれを喜べない人間もいるのかもしれない。彼らにとってひきこもりの家族とは、いなくなってしまった人間も同然。それがある日突然表に出てこられても、正直どう対処していいのかわからないのだ。

 しかし、少しずつではあるが、志乃と保の関係は変化していく。保が率先して家事をするようになり、バイトも始めた頃、志乃は忘れかけていた「兄」という存在を思い出す。4年間のブランクがあろうと、やはり保は志乃の兄なのだ。

 本作が誰の心にも響くのは、ひきこもりである保ではなく、あくまでも普通に生きている志乃を主役に据えたからだろう。読者は志乃を通して、社会復帰しようとする保の姿を追いかけることができる。その姿はときに情けなく、ときにみじめだったりもする。けれど、ひたむきに生き直そうとする保を見ているうちに、自然とエールを送りたくなってしまうのだ。志乃と同じように。

 不器用だけど真っ直ぐに歩き始めた、元ひきこもりの保。そして、これまた不器用で素直になれない志乃。ふたりが今後どうやって家族の絆を取り戻していくのか、ぜひその目で確かめてみてほしい。

文=五十嵐 大