「エロス」と「わいせつ」の境目は? 昨年話題になった 『春画展』の裏側では警察が動いていた!

暮らし

公開日:2016/3/28

 春画ブームである。昨年、永青文庫で開催された日本初の『春画展』は新聞や週刊誌などでも取り上げられ話題となり、今年は京都に巡回するという。しかし、その舞台裏では刑法175条(わいせつ物頒布等の罪)をめぐって警察が関係者に逮捕もありうるという警告を発し、春画を掲載した週刊誌4誌に対し口頭指導を行ったという事実を『エロスと「わいせつ」のあいだ 表現と規制の戦後攻防史』(園田 寿・臺 宏士/朝日新聞出版)は明らかにしている。

 終わってみれば『春画展』は逮捕者もなく20万人以上が来場する大成功を収めた。春画とはかつて、大名たちが子孫繁栄、夫婦円満の秘訣を伝える嫁入り道具や新年の贈答品として、高い技術を持つ絵師に特注して描かせたものだ。戦国時代には武将たちがお守りとして鎧の下に忍ばせていたともいう。もちろん庶民がエロ本として楽しんでいた作品もある。

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春画のデフォルメされたアノ部分に思わず…

 実際に春画を見てみると、現代の漫画やアニメではボカシ必須の箇所が描かれているため、たしかにドキッとする。しかしよく見ると、大きくデフォルメされた男性器などは猥褻というよりもクスッと笑ってしまうようなおかしさがあったりもする。

 本書では、過去に警察沙汰になった絵画・写真展、映画・小説、アートパフォーマンスなどの事例の背景、裁判の様子を具体例にあげ、性表現におけるエロス(白・無罪)かわいせつ(黒・有罪)かの境目について言及する。そして性表現を取り締まる側の判断でそのわいせつ性が決まり、検挙するかどうかも取り締まる側の裁量の余地が大きいことに警鐘を鳴らしている。

有罪になった小説『チャタレイ夫人の恋人』の性描写とは?

「わいせつ」の定義については、刑法175条や判例、警察関係者の答弁などをもとに「いたずらに性欲を興奮又は刺激せしめ、かつ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するもの」と著者は要約している。

 1955年にフランスで 映画化された英国の小説『チャタレイ夫人の恋人』(D・H・ローレンス)は、1950年代、日本での出版にあたり出版者、翻訳者が罪に問われ最高裁まで争われた末に有罪とされた。 同小説は、戦争で負傷し下半身不随となったチャタレイ准男爵の夫人コンスタンス(コニー)が、同家領地の森番の粗野な男との禁断の密会と愛欲に溺れるさまを官能的に描いたもの。

 著者は、この「チャタレイ事件」で問題となった翻訳文と検察による当時の起訴状の一部を紹介し、「検察官が起訴状で指摘したような『慾情を連想せしめて性慾を刺戟興奮し且(かつ)人間の羞恥と嫌悪の感を催おさしめる』読者はいないだろう」と語っている。たしかに、性行為の様子が細かく描かれているが、男女の情愛の機微(きび)を丁寧に表現しているという印象。本書は現在、無修正版が合法的に入手できる。 興味のある方はぜひ、読んでみてほしい。

ろくでなし子さんの「デコまん事件」に女性として共感

 自分の女性器の型取り(まん拓)をモチーフにしたアート作品で一躍有名になった、漫画家ろくでなし子さんの「デコまん事件」も、本書に収録されたインタビューを読んでみると、日本では「性的なことイコール悪いことだと思っている」といった主張や、女性器に関してはその俗称にさえ神経質になり「隠しすぎて女性は不自由になっている」といった発言には、女性として共感する部分もある。

 他にも、男性器を御神体として祀る川崎市の金山神社の「かなまら祭」や、写真家鷹野隆大氏の男性同士のヌード写真が問題となった「平成の腰巻事件」では、わいせつ性だけでなく、セクシャル・マイノリティの問題にも触れている。

 エロスとわいせつをめぐっては、今後も攻防が激しく展開するだろう。 私たちの表現の自由や知る権利を考えるうえでも、ぜひ手に取ってみてほしい一冊だ。

文=鋼 みね