ゲスとなっても、やらねばならぬことがある! 底辺騎手の生き様を見よ!!

マンガ・アニメ

2016/3/28


『ゲス、騎乗前(ビームコミックス)』(西公平/KADOKAWA)

 とある芸能人や某代議士の不倫騒動で、にわかに多用されることとなった「ゲス」という言葉。「ゲス不倫」なんて見出しもあり、なんとなく不倫をしているからゲスみたいな捉え方もあったように感じた。しかし決してそうではない。不倫をしたからゲスなのではなく、不倫をしたヤツが人間的に「ゲス」だっただけなのだ。

 ゲスとは、心根の卑しいこと、あるいはそのような人を指す。もちろん芸能界や政界だけでなく、あらゆる業界にゲスは存在する。『ゲス、騎乗前(ビームコミックス)』(西公平/KADOKAWA)は、競馬界におけるゲスな主人公の立ち回りをコミカルに描いたコミックだ。

 この漫画の主人公・牧聖一は、調教手当で食いつなぐ成績下位の騎手。当然、騎乗馬に恵まれているわけもないので、彼の行動はある1点に集約してゆく。それは「騎手を決める権利を持っている対象、およびその周辺に、徹底的に媚びへつらう」である。調教師に贈り物は欠かさず、それは厩務員にも及ぶ。さらに必要とあらば、調教師の娘に「枕営業」まで仕掛けて騎乗馬を勝ち取ろうとするのだ。しかしながらその目論見はなかなか当たらず、大体が残念な結果に終わってしまう。

 それでも牧は自らのやり方を変えようとはしない。なぜか? それは彼自身が成績下位であることを自覚しているからだ。競馬界には「馬七人三」という言葉があり、これはレースが決するのは馬の力が7割、人の力が3割という意味だ。もちろんスゴ腕の騎手にともなれば、3割以上の比重を占めることもあるが、およそ下位のジョッキーでは、馬の力に頼る部分が大きくなる。だから主人公は能力の高い馬に騎乗すべく、必死の営業を繰り広げているのだ。

 そして調教師とその娘、厩務員に馬主に至るまで、プライドを捨てゲスに徹した営業攻勢をかけた結果、牧はついに騎乗馬を確保。久々の競馬場へと乗り込む。そこでも彼は新人騎手に対し、ゲスな駆け引きを演じる。その甲斐あってか、9番人気の馬を2着でゴールさせることに成功。進上金(レースにおける騎手のギャラ)約20万円を手に入れ、何とか財政難をしのぐのであった。

 なんとも過酷な騎手生活であるが、現実もこのようなものなのだろうか。実は意外と、漫画以上に過酷かもしれない。現在、中央競馬には130人程度の騎手が所属している。その中で年間600レース以上の騎乗をこなすジョッキーもいれば、2ケタに満たない騎手も存在するのだ。腕の立つ騎手であるなら、大きなレースで優勝した自身の騎乗をまとめたDVDなどを配布したりできるのだが、成績下位のジョッキーには実績がない。それがなければ、まさしく牧のような営業をするしかないように思えるのだ。

 今、中央競馬では16年ぶりに女性騎手が誕生するなど盛り上がっている。しかしその陰で、目立った実績を挙げられないまま辞めていく騎手も数多い。取材に行った作者は「『ゲス』はフィクションなので、競馬に真摯に向き合う方しかいませんでしたよ(当たり前だ)」とあとがきに描いていた。しかし案外、これを読んで「オレのほうがもっとスゴイぜ!」なんて感想を持つジョッキーがいるかもしれないと、そう思ってしまう私も相当なゲスであるなあ。

文=木谷誠