激変し続ける「キャラ」についての論考

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/15


『キャラの思考法 現代文化論のアップグレード』(さやわか/青土社)

ミニカーの「トミカ」について、精神科医の名越康文さんにお話を伺ったときのことだ。1970年代から2000年代までの10年ごとの売上げトップ5のリストを見ていた名越さんは「人気車種の変遷をたどることで、時代が見える」と驚いていた。

70年代の1位はダンプトラック。以下ミキサー車、クレーン車、ブルドーザーと、日本の高度経済成長を支えてきた車両が並ぶ。これが80年代に入ると建設車両に加え、1位ハシゴ消防車、3位清掃車、5位救急車という「働く車」が入ってくる。これは豊かになった生活や健康、財産を守り、生命を育む管理社会を象徴し、国家が安定していることの証左であるという。

しかし90年代に入ると変化が起きる。3位にパンダを運搬するトラックが入ってくるのだ。実際にパンダを檻に入れて外から見える状態で運搬することはあり得ないため、これは完全に架空の車両。名越さんは「管理社会が先鋭化して、個の時代を映す“キャラクター”が出現」「ミニカーはもともと実際にある車両をコピーしたキャラ的要素を含むものなので、キャラクターの出現は必然」と語っていた。

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その変化は2000年代に入ると顕著となる。1位は『ポケットモンスター』のキャラクターがあしらわれた観光バス、3位にも「ピカチュウカー」がランクインするのだ。中でも名越さんが注目したのは、2位ショベルカー、4位オフロードダンプ、5位救急車「スーパーアンビュランス」で、「本来の目的とは違う部分に造形美を見出す“萌え”であり、キャラ的要素を発見していて、異質なもの同士を結びつける“象徴的記号化”の能力」が発揮されていると指摘していた。

かように「キャラクター/キャラ」を取り巻く環境というのは激変が続いている。気鋭の文筆家であるさやわか氏は『キャラの思考法 現代文化論のアップグレード』(青土社)で、現代における「キャラ」(本論は漫画評論家の伊藤剛氏による「キャラクター/キャラ論」の「キャラクター=登場人物を指す言葉」「キャラ=その人物の特徴を指す言葉」という概念をベースにしている)についてマンガ、アニメ、ラノベ、ゲーム、音楽、映画、演劇、アイドルなど様々なジャンル、視点から読み解いていく。ただ本書の文章は少々難解で、各ジャンルについての知識がないと置いてけぼりを食うかもしれない。しかし各論がひとつひとつ立ち上がることによって総論を生み出していくので、じっくり頭から読み進めてほしい。

前出のインタビューで名越さんは「“つながりの本質”とは欠落であり、人間は欠落した部分を象徴的に解釈することで共通項を見出し、つながりを感じる」と指摘していたが、本書を読むと、現代は20世紀とはまったく違う新しい形の「つながり」が生まれていることがわかる。そして作品に完成形がなく、様々な要素を取り込みながら変わっていくということ、そして今やそれさえも過去のものとなっていることに進化のスピードを感じた。メディア側などから一方的に与えられる、あらかじめ設定された「キャラ」は、双方向のコミュニケーションによって自由に読み込まれることで変化し、書き換えが可能となった。さらに「時間」という概念を獲得し、二次元と三次元を行き来するようになってアップグレードを繰り返しているのだ。

欠落を埋める新たなものが次々と生み出され、つながりや関係性を構築するスピードも速度を増している現代は、提示されたものの意味をゆっくり咀嚼しているとあっという間に置いて行かれてしまう。しかし現れるものの表層をなぞるばかりでは消耗し、疲弊するばかりだ。こうした論考によって現状を把握し、通底するものを見つけ、その先にどのような変化があるのかを考えることが新たな流れを生み出す源泉となることだろう。

文=成田全(ナリタタモツ)