NHK朝ドラ『とと姉ちゃん』好調スタート! モデルになった『暮しの手帖』の創刊者はどんな人物?

テレビ

公開日:2016/4/7


『「暮しの手帖」とわたし』(大橋鎭子/暮しの手帖社)

 NHK「朝ドラ」で今世紀最高の平均視聴率を記録するなど、好評のうちに終了した『あさが来た』。名残惜しいがすぐに次作品がスタートするのが朝ドラ。4月4日から実力派女優・高畑充希が主演の『とと姉ちゃん』が既にスタートしている。

 舞台は昭和、太平洋戦争前の日本。高畑演じる小橋常子は3人姉妹の長女。父亡き後、一家の大黒柱として奮起して母と2人の妹を支えていく。やがて戦争が終わると、常子は天才編集者・花山伊佐次(唐沢寿明)との出会いをきっかけに、女性の生活に役立つ雑誌の創刊を志す。その雑誌『あなたの暮し』は、新たな時代の女性に絶大な支持を受け……というのが大まかなストーリーだ。

 主人公・常子と花山のモデルとなったのは、現在もファンを多く持つ雑誌『暮しの手帖』を創刊した大橋鎭子と花森安治。『あさが来た』でも、主人公・白岡あさのモデルである広岡浅子の知名度がグンとアップしたが、『とと姉ちゃん』もそういった要素を秘めているといえるだろう(ちなみに大橋は広岡が創立に尽力した日本女子大に在籍した時期がある)。

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 では、大橋と花森はどのような人物なのだろうか?

 大橋鎭子は1920年(大正9年)、東京・深川生まれ。1歳の時に父の転勤で北海道に移り、6歳で再び東京に戻ってくる。父の死後、祖父の助けなどもあり府立第六高等女学校に入学。卒業後は家族を養うために就職。銀行や新聞社勤めなどを経て、戦後に編集者として雑誌づくりを志す。活字の仕事に初めて触れたのは銀行時代。経済動向などをまとめる調査月報を編集する部署に配属された時だった。

 一方、花森安治は1911年(明治44年)、兵庫・神戸生まれ。貿易会社を営んでいた遊び好きの父の影響で、様々な芸術や外国の文化などに触れる少年時代を過ごす。父の事業が傾いた後は貧しい暮らしを余儀なくされたが、絵が得意だったり、旧制高等学校で校友会雑誌の編集部にも参加するなど旺盛な創作意欲を発揮。東京帝国大学美学美術史学科に進み、ここでも学生新聞の編集に携わる。卒業後は化粧品会社で広告デザインを手がけた。

 そんな2人がともに雑誌づくりをすることになったのは、昭和20年10月。大橋が25歳、花森が34歳の時だった。きっかけは、かねてより父亡き後に苦労した母に恩返しがしたいと思った大橋が、それを実現する方法として、新しい雑誌の創刊を軸にした出版事業を立ち上げることを思いついたこと。大橋はそのアイデアを当時、勤務していた『日本読書新聞』の編集長に相談する。

私の知らないことや、知りたいことを調べて、それを出版したら、私の歳より、上へ五年、下へ五年、合わせて十年間の人たちが読んでくださると思います。そんな女の人たちのための出版をやりたいと思いますが、どうでしょうか」大橋鎭子『「暮しの手帖」とわたし』より。以下引用同

 そこで編集長が相談相手として紹介したのが旧制高等学校の同級生であった花森だった。花森は大橋のアイデアにその場で賛同する。それにしても、編集者としても、グラフィックデザイナーとしても既に実力を認められていた花森がなぜこうも簡単に10歳近くも下の大橋の話に頷いたのか? それには花森の戦争経験が影響していた。大橋はこの時の花森の言葉を次のように回想している。

君も知ってのとおり、国は軍国主義一色になり、誰もかれもが、なだれをうって戦争に突っ込んでいったのは、ひとりひとりが、自分の暮らしを大切にしなかったからだと思う。もしみんなにあったかい家庭があったなら、戦争にならなかったと思う……

 女性のためになる知識が満載の雑誌をつくりたい大橋と、暮らしの大切さを伝えたい花森。『暮しの手帖』はこうした2人の思いがルーツになっているのだ。

 以降、花森は『暮しの手帖』編集長として、企画、デザイン、レイアウト、原稿のすべてに厳しく目を通し『暮しの手帖』の世界を形づくり、美しい誌面を通じて伝説の編集者として名声を得ていく。大橋は「仕事ではおっかなかった」と回想する花森のもと、『暮しの手帖』編集者として邁進。花森が1978年(昭和53年)に亡くなってからは、編集長として『暮しの手帖』を引っ張っていく。第一線を退いた後も90歳を過ぎるまで編集部に出社しては企画の話をするなどエネルギッシュに人生を駆け抜け、2013年(平成25年)に93歳でこの世を去った。

 右肩上がりの経済成長が夢物語のようになった2000年代の日本。世界的な「エコ」の流れもあって、大量消費の時代からお金の無駄遣いはしない、流行にも過度に流されない、自分の好きな物を大切に使うなど、『暮しの手帖』のコンセプトにも通じる「丁寧な暮らし」がもてはやされるようになった。ただ、昨今の「丁寧な暮らし」には、それ自体が一種の流行として消費されているような側面もなくもない。だからこそ、大橋と花森が『暮しの手帖』に込めた「あたたかな家庭と暮らしが平和をもたらす。そのためにも生活の知識を」という願いを、『とと姉ちゃん』を見ながら今一度、考えたいものである。

文=長谷川一秀