奇跡の裏に、狂気あり――。心優しき騎士の歪んだ英雄譚

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/15


『マッドネス グラート王国戦記』(深井涼介:イラスト/KADOKAWA)

いつか憧れた揺るぎないヒーロー像とハードな人間ドラマを送り出す小説レーベル「ノベルゼロ」。大人が惚れる大人の主人公を通して、物語に触れる喜びを追求していく。そんな「ノベルゼロ」から今回取り上げるのは、新見聖著『マッドネス グラート王国戦記』(深井涼介:イラスト/KADOKAWA)だ。

主人公レグルスは正しい人だ。かつて自分の命を救ってくれた主君に報いるため、自分の人生を差し出し、何があっても忠義を尽くす。仲間であろうが無関係な人間であろうが、まずは耳を傾け、信じ切る。家柄が良いわけでも才能があるわけでもないが、そんな性格だからか誰よりも人に愛されていた。

本書の舞台は戦乱のグラート王国。クーデターを起こした第三王子ローデンドルフは王を軟禁し、第一王子フランツを暗殺。そしてフランツの遺児リヒャルトの命を狙い、王位継承権を自らのものにしようとしていた。リヒャルトを保護するのは、ローデンドルフの従兄弟レオンハルト。男でありながらまるで美しい女性のようなすがた容姿をしていることから「姫獅子」と呼ばれている王子だった。レグルスはレオンハルトの軍に馳せ参じ、彼の掲げる天下統一の手助けをしていく。

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貴族でも騎士でもないただの羊飼いだったレグルス。狼の群れを相手にしてきたことから、殺気に敏感で対集団戦が得意という特徴こそあるものの、きちんとした戦闘訓練を受けたことはなく、その戦い方はあまりに不格好だった。

兵士としては半人前のレグルスだが、彼には人間として最大の武器があった。それは相手の本質を見極める正しい心だ。山賊であろうが信用に足ることがわかれば軍に勧誘するし、女性差別が当たり前の社会でも有能とわかれば登用を進言する。侮蔑も偏見もない真っ直ぐな性格はしっかりと結果をもたらし、主君にも仲間にも評価され、とんとん拍子に立身出世を果たしていく。そのスピード感とダイナミズムは本書の大きな見どころだ。

レグルスの出世が痛快である一方で、読み進めていくとスリルや恐怖感も増していく。理由の一つは討ち取るべき敵ローデンドルフの存在だ。冷酷な独裁者であり、エリート支配を望む徹底的な合理主義者だが、裏を返せば才能さえあればどんな人間も認めるということ。発言には説得力があるし、カリスマ性にも溢れ、敵ながらなんとも魅力的なのだ。レグルスとレオンハルトが快進撃を見せれば見せるほど、ローデンドルフという壁の大きさに戦慄するはず。戦いの行く末にもより期待が高まるだろう。

もう一つのスリリングな部分は、レグルスの正しさだ。はっきり言ってしまえば、彼の真っ直ぐさは非常に危うい。「レオンハルトのために頑張れば、世の中は正しくなる」、「正しく生きれば、わかってくれる」。その考えはあまりに無垢すぎるし、命知らずすぎる。彼の真っ直ぐさというのは、狂気とも言える歪んだ真っ直ぐさなのだ。もたらされる奇跡の裏には狂気がある。レグルスの正しさは作品に不穏な影を落としていくが、一方で物語を奥行きのあるものにしているところが面白い。

果たして、レグルスの“狂信”する正しさは一体何をもたらすのか。その痛快さとスリルを併せて楽しんでほしい。

文=岩倉大輔

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