勝地涼がハマッた井上ひさしワールド。哀しみを笑いに変えろ

芸能

公開日:2011/9/5

 昨年のロンドン・ニューヨーク公演では絶賛の評価を得、世界中の演劇界から注目を集めた、井上ひさし作・蜷川幸雄演出の新作時代劇『ムサシ』。
  
巌流島対決の6年後を描いたことで知られるこの舞台で佐々木小次郎を演じたのが、俳優・勝地涼さんだ。勝地さんは、井上ひさしの世界を演じるなかで、井上の小説「ブンとフン」にも感銘を受けたという。
  
「井上さんの脚本を演らせていただき、その作品世界をもっと知りたくなりました。『ブンとフン』はまずタイトルに惹かれて。読み始めると、幼い頃、絵本や紙芝居を見た時のようなあのワクワク感が湧きあがってきたというか、すぐに物語の中へ引き込まれましたね」
  
 売れない作家・フン先生の書いた主人公が小説の中から現実へと飛び出し、大混乱を巻き起こす同作は、井上ひさしの“活字の処女作”。神出鬼没、四次元の大泥棒ブンが、自由の女神の炬火やアンパンのへそなどを盗るうちに盗みたくなってきたのは“人間のいちばん大切なもの”――。
  
 韻を駆使した文章で引っ張る愉快なストーリー。だがブンの盗むものを突きつめれば、そこには人の哀しさがひっそりと隠れている。
  
「井上さんが哀しみを笑いに変えて伝えるということは、『ムサシ』でも感じていました。でも、あれだけ稽古し演じても、込められたものは大きすぎて、すべてはまだわからない。『ブンとフン』も繰り返し読んでは、微笑ましい話に潜む深いテーマを探っていくのが楽しみなんです」  
  
 そんな勝地さんは、7月2日より全国公開される映画『小川の辺』(原作/藤沢周平)に出演している。
  
脱藩した元藩士を討てとの主命を受けた戌井朔之助が、旧友であり、妹・田鶴(たず)の夫でもある佐久間を討ちにいく旅を描いた本作で、勝地さんは朔之助の供を申し出た戌井家の若党・新蔵を演じた。
  
「自分の中にある、家族や大切な人々に対する愛情。それを改めて気づかせてくれる、背中で語るような映画です」。
  
人を想いやり、人生に凛として向き合う美しさ。世の中が不安定な今こそ、作品に込められたものは心に浸透してくる。
  
(ダ・ヴィンチ7月号 あの人と本の話より)