「涙で読めない」の声が読出。ニュースキャスター「シミケン」では見せなかった、妻・奈緒さんの壮絶な乳がんとの闘い

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更新日:2017/2/27


『112日間のママ』(清水健/小学館)

 日本テレビ系列読売テレビで放送されている『かんさい情報ネットten.』という報道番組をご存じだろうか。関西の方にはおなじみに違いない。その番組でメインキャスターとして出演しているのが、清水健アナウンサーだ。アナウンサーらしいはっきりとした声と聞き取りやすい滑らかなしゃべり方でニュースを読み上げ、快活な笑顔と的確なコメントで、関西の視聴者に最新ニュースと元気を届けている。「シミケン」という愛称で親しまれ、番組も好調。同時刻の各局の報道番組の中でも視聴率1位を獲得している。順調なアナウンサー人生を歩んでいるように見えるが、2016年2月、ある1冊の本が出版された。『112日間のママ』(清水健/小学館)だ。その中には、ニュースキャスター「シミケン」では見せなかった、妻の奈緒さんの壮絶な乳がんとの闘いが記されていた。

 2009年の春、『かんさい情報ネットten.』が始まった。それまで情報バラエティー番組のアナウンサーしか担当してこなかったシミケンにとって、30代半ばで抜擢ということもあり、大チャンスが訪れた。しかし、それは同時に、「果たしてシミケンに務まるのか?」という視聴者や番組スタッフの不安視と戦うことも意味する。平日は毎朝8時までに出社し、生放送が終了する19時までフル稼働。帰宅しても、録画を見直す「ひとり反省会」。見事、視聴率堂々の1位を獲得するが、それによってプレッシャーはますます増し、キャスターという役目をしっかり果たすために毎日走り続けた。

 そんな中で出会ったのが奈緒さんだった。ヘアメイクとして働く奈緒さんとは毎日顔を合わせてはいたが、はじめは「あくまでスタッフの一人」として接していたという。しかし、奈緒さんと出会って半年たった頃、こんなことを言われた。

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「今日はちょっとお疲れですか」

 その一言でスーッと気分が楽になったという。

 キャスターは常に不安とプレッシャーに晒されている。私たちにはおよそ見当もつかない世界だろう。常に視聴者に有益な情報を届けなくてはいけないし、有識者であるゲストから上手にトークを引き出さなくてはいけない。そのためにはキャスターであり続ける努力を怠ってはいけない。しかし、だからこそ、たまには誰かに甘えたい。弱音を吐きたい。でも、スタッフや記者にはなかなか言えない。そんな毎日の中、奈緒さんのその一言が何よりも響いたのだろう。

僕は、彼女に着替えさせてもらっている途中に、ポツリと、こぼすようになった。
 「今日は大丈夫かな」
 奈緒は、ニコッと笑ってくれる。
 「大丈夫ですよ」

 そして、キャスターとヘアメイクの関係が続いたある日、シミケンは奈緒さんをデートに誘った。そこから2人の関係が始まった。

 本書で大きく触れられているのが、奈緒さんの人間としての素晴らしさだ。それくらいシミケンは奈緒さんを愛しているのだろう。いつも笑顔で、何を言っても「うん」と返してくれる。シミケンの仕事の邪魔をしないし、傷つけることもない。「清水さんなら大丈夫」と言ってくれる。本書にこんな記述がある。

自分の妻のことを「完璧だ」と口にするのは、のろけていると思われるかもしれないが、奈緒は、本当に完璧だった。

 巻末に登場する奈緒さんの写真は、どれも優しい笑顔で写っている。シミケンがのろけてしまうのも、およそ分かる気がする。

 がんが発覚したのは、奈緒さんが妊娠してしばらくのこと。新しい命にシミケンが有頂天だったときのことだ。トリプルネガティブの乳がんになってしまったのだ。トリプルネガティブの詳しい説明は本書で確認してもらうとして、とにかく、手術で乳がんを摘出しても、手術後1~3年後には50%の確率で再発する恐ろしいがんだ。最悪のタイミングで最悪の病だった。ここからシミケンと奈緒さんの闘いが始まる。

 私は、本書を読んで本当に辛くなった。愛する妻ががん によって、見るに堪えない姿になっていく。それが克明に記されているのだ。必死にがんと闘うシミケンと奈緒さん。その当時の悲痛な想いもつづられている。これががんなのだ。これが愛する妻を亡くす悲しみだ。

 しかし、本書に書かれているのはそれだけではない。がんと闘う2人を支えてくれた様々な人たちに対する感謝もつづられている。番組スタッフ、共演者、友人たち、病院の医師、看護師、そしてご両親。みんなから愛されているシミケンの様子に、仲間は素晴らしいと思い、私ももっと周りにいる人たちを大事にしようと感じた。

 そしてもう1つ。シミケンが奈緒さんと最後まで過ごして感じたことが、本書の最後に書かれている。毎日必死に命を救うため活動している医療従事者へ、今もなお病気と闘っている方へ、そして様々な困難に立ち向かっている方へ、今回のことがあったからこそ送るエールが記されている。何より、個人的に心に残った言葉がある。

人それぞれにいろんな考えがあり、その考え、想い、どれもが正解なんだと思う。だって、この世で一番大切な人と、とことん話し合い、その人を思いやり、絞り出した答えなのだから。たったひとつの正解なんてない。

 これは、様々な場面で言えると私は思う。その人がそのことに対して誰よりも、考えて、考えて、必死に考え続けて、導き出した答えがあるはずだ。それに他人が簡単に口をはさんでいいわけがない。この言葉は私の心に強く刻まれた。

 今もシミケンはメインキャスターとして『かんさい情報ネットten.』に出演し続けている。その強さは奈緒さんからもらったものかもしれない。

文=いのうえゆきひろ