祝・本屋大賞受賞!『羊と鋼の森』の宮下奈都さんインタビュー。「3人の子育てと執筆活動はどちらも楽しくて大切で、なくてはならないものです」

文芸・カルチャー

2016/4/28

――『羊と鋼の森』の2016年本屋大賞受賞おめでとうございます。今のお気持ちはいかがですか。

宮下さん「『ええ?』という驚きと信じられない気持ちが大きくて、まだ実感がないですね。ただ、自分が好きなことを突き詰めて書いた作品が本屋大賞になったので、これからも好きなことを書いてもいいと認めてもらえたようで、それがとても嬉しいです。」

――お子さんが3人いらっしゃるそうですが、執筆活動と子育ての両立は大変ではないですか?

宮下さん「どちらも私にとっては楽しくて大切なので、両方できることは本当にありがたいと思っています。今、長男は高3、次男は高1、長女が中1で、たとえば小説を書いているとき、子どもが「ただいま」と帰ってくると、作家から母親へ自動的にモードが切り替わります。執筆で煮詰まっているときも、子どもが帰ってくるとパチッと切り替えられるので、それで助かることもよくあります。私にとっては、どちらもなくてはならないものですね。」

――主人公の外村(とむら)くんは最初、17歳で登場します。ご長男とほぼ同じですね。

宮下さん「そうなんです。息子をちょっと意識して書いたところはありますね。子どもたちのおかげで、自分とは違う視点に気がついたり、いいものをもらっていることもいっぱいあります。」

――思春期にもかかわらず、外村は純粋で素直です。調律師の先輩や上司やお客さんの言葉を真っ直ぐ受けとめ、一生懸命理解しようとするところに好感を持ちました。

宮下さん「私自身、高校生の頃は、何も悩みがないのが悩みだったんです。『周りはみんないろんなことで悩んでいるのに、なんで私、悩まないんだろう?』と思っていて、それは今も変わりません。大きな悩みがあると、そのことについて考え抜くはずですし、思考力も精神力も鍛えられると思うので、悩みを抱えている人にずっと憧れてきました。外村もそういうところがあるので、息子よりも私のほうが投影されているかもしれません。」

――悩みがなかった宮下さんが、大学時代に哲学を学んだのはなぜでしょうか?

宮下さん「深く考えることはすごく好きなんです。でも、自分の心の問題として思い悩むこととはまた別ですよね。哲学科に進んだのは、『人間が生きるってどういうことなんだろう?』ということについて考えたかったから。でも哲学って難しいです。」

――世間知らずの外村くんが、調律とは? 人生とは? といった抽象的な問いにぶつかったとき、具体的な努力をコツコツ続けることで答えを見つけていく、その姿にも共感しました。

宮下さん「ありがとうございます。抽象に対する具象というのは、自分では意識しませんでしたが、それはすごく嬉しい感想です。」

――外村くんが生まれ育った北海道の大自然と、調律の仕事を通して出会う音楽。その2つを描写する場面が何度も出てきますが、言葉で表現するのが難しい世界を同時に描こうと思ったのは?

宮下さん「私も家族と1年間だけ、北海道の山奥に住んだことがあるんです。そこで目にした素晴らしい大自然に圧倒されて、最初は『これは言葉にできない』と思ったんですが、曲がりなりにも作家になった人間が、言葉にできないって簡単に済ませていいのかなと思って。書きたいけど書けない日々が続いていました。もともと私は音楽が好きで、音楽も言葉で表現するのが難しいのですが、あるとき、音楽と自然と書けないものを組み合わせたら書けるかもしれない! という気になったんです。そこで実際に書いてみたら、自然と音楽の描写があまりにも楽しくて、作家としての醍醐味を思う存分に味わうことができました。」

――ピアノの音は、羊毛のフェルトに覆われたハンマーが鋼の弦を叩くことによって生まれることを、この本を読んで知りました。昔の羊はいい草を食べていたからやさしい音になるなんて、まさに音楽と自然の融合ですよね。

宮下さん「実際、私にそのことを教えてくれた調律師さんの話に、インスピレーションを受けたことも、この小説を書こうと思った大きなきっかけです。その調律師さんは、この本ができる前に亡くなってしまったんですが、連載していたときに全部読んでくださって、『すごく良かったよ』とおっしゃってくださったので、少しは恩返しできたかなと思っています。」

――「才能があるから生きていくんじゃない。そんなもの、あったって、なくたって、生きていくんだ。」というセリフなど、社会で働く“普通の人間”が、頷いたり、励まされる言葉も多いです。宮下さんもお仕事された経験はあるんでしょうか?

宮下さん「大学を出て2年ぐらい働いたことがあるんですけど、私、全然仕事ができなくて。働く気満々だったのに、大学を出るまで、自分が仕事に向いてない人間だと気がつかなかったんですよ(笑)。もし小説を書いていなければ、自分は何もできないダメ人間だと思ったはずです。ですから、この本に出てくる外村くんの言葉は、自分が自分に言いたくて書いている感じでしたね。自分で書きながら、外村くんにはすごく励まされました。」

――ネット検索やSNSが当たり前の今の時代、何でもすぐに答えを求めがちですが、外村くんみたいにじっくりゆっくり手探りで答えを見つけていくことこそ、人生の醍醐味なのではないかと思いました。

宮下さん「本当にそうですよね。そういう風に読んでもらえたらすごく嬉しいです。この物語を書くのは楽しかったんですが、外村くんがどこまでいくのか道筋が見えなくて、書きながら考えていったんです。結果的に、寄り道している場面はいっぱい書けたけれど、調律師として入り口に立ったところぐらいまでしか書けなくて。自分でも、外村くんにあまり進歩がなくてはがゆい思いをしたんですが、それはそれで彼らしいのかもしれません。」

――これからも書いていきたいと思っていることがあれば、教えてください。

宮下さん「人が生きていく可能性を探していくことですね。たとえそれがものすごく小さいものでも、つかめた瞬間を私は書きたいのだと思います。地道に普通に暮らしている人間に、さっと光が射す瞬間もすごく好きで、実生活でもそういう経験が心に残っているので、小説でも書いていきたいですね。」

――ありがとうございました。

取材・文=樺山美夏