ギリシャの神殿は白くなかった!? 新たなるギリシャ危機とは

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公開日:2016/5/3


『古代ギリシャのリアル』(藤村シシン/実業之日本社)

 2010年に財政赤字の隠蔽が明らかになり、欧州連合史上最大の問題となったギリシャ経済危機から6年。ギリシャは徹底的な構造改革に取り組み、緩やかながらも回復の兆しを見せているという。だが、新たな危機がギリシャに迫ろうとしている。

 「青い海、白亜の神殿」というギリシャのイメージは「偽りの幻想」であり、古代ギリシャには「青」「海」を示す単語すらなかった、神殿は「極彩色だった」などの驚くべき事実が、Twitterを始点に巷に広がっているのだ。発信源であるギリシャ神話研究家の藤村シシン氏の著作『古代ギリシャのリアル』(実業之日本社)より、我々のギリシャ観を根底から覆すようなエピソードを紹介しよう。

ギリシャは「漂白」された!?

 ギリシャと聞けば、ほぼ全員が「青い空、青い海、白い神殿」をイメージするだろう。しかし、古代ギリシャ時代の建設当時には、パルテノン神殿は「極彩色のカラフルな神殿」だったという。ではなぜ、ギリシャは白くなってしまったのか?

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 その答えは、1939年に発覚した、大英博物館の大スキャンダルにある。イギリスの大英博物館には、パルテノン神殿のフリーズ(建物上部の横長の装飾彫刻)が所蔵されており、もちろんフリーズは「真っ白」だ。だが、本来はカラフルに着彩されていたものを、博物館の職員が、スポンサーの指示に従って「金ダワシで削り取り白くしてしまった」というのだ。「そのほうが大衆にウケる!」という信じられない理由で。

 18世紀半ばからヨーロッパではギリシャブームが起こり、「ギリシャは崇高」「単純美の象徴」「色付きゴテゴテはダメ」とされていた。自分たちの西洋文明のルーツがギリシャにあると思いたかったヨーロッパの人々が、「ギリシャの神殿は白くなくてはならない」と考えていたのである。

 ギリシャの「シロ」は、後付けのイメージだった。とはいえ、パルテノン神殿が極彩色のままなら、今のような観光大国にはならなかった気もするので、結果オーライ!?

血も涙も緑色? 古代ギリシャ人の色彩表現とは!?

 「ワイン色のエーゲ海」「緑色に滴る血と涙」「虹の帯は3色で構成されている…赤と緑と紫」……古代ギリシャでは、このような表現をしたという。

 古代ギリシャ人の視覚能力が、現代人と大きく異なっていたわけではないし、古代の海が赤かったわけでも、ヒトの血が緑色だったわけでもない。色を表す言葉が違っていたわけでもない。ならば、なぜこんなギャップが生まれるのか?

 現代の我々にとって「色の違い」は「色相(赤、黄、緑、青…)」の違いを意味する。しかし、古代ギリシャ人にとっては「明るいか、暗いか」「白いか、黒いか」という彩度や明度の違いを色ととらえていた。加えて、「色」は「モノの質感や性質を表す」ものでもあった。

 古代ギリシャの「緑色」は「豊かさ、瑞々しさ、生命力持つもの全般」を示すので、「朝露、涙、血、汗、手足」などに使われる。「紫色」は「流れるもの、動くもの」を示すので、「海、寄せる波」は紫になる。「白」は「素早く動くもの」なので、「犬、馬」は白くなる…というワケなのだ。

パルテノン神殿にまつわるetc.

 ギリシャの建造物で真っ先に思いつくのがパルテノン神殿だが、これにも色々いわくがある。

 紀元前5世紀に建造された当時は「百足(ヘカトンペドス)」と呼ばれていたものが、100年後の紀元前4世紀の書物では「パルテノン(処女宮)」と記されるようになった。この神殿にゆかりある女神アテナが処女だから、というのが一般的な解釈だそうだが……祭壇がないパルテノンは「神殿ではない」と藤村氏は指摘する。

 神殿には、巨大なアテナ像が収められていたが、古代のアテナイ人たちは「もしもの際の金を備蓄するための像」と呼んでいた。アテナ像を覆っていた「金の装飾はすべて取り外し可能」で、有事には持ち出せるようになっていたのだ。つまり、パルテノンは本質的には「神殿ではなく宝物庫」だったのだ。

 これらの話は、本書のほんの導入部に過ぎない。本書には、ギリシャ神話の神々たちの「リアルなプロフィール」や「古代ギリシャ人のメンタリティ」など、これまでの常識が吹き飛ぶような話や、物語を創作するための神話ネタがギッシリ詰まっていて、読み始めたら止まらない面白さがある。

 ただし……あなたの好きだったギリシャは、そこにはないかもしれない。新たな“ギリシャ危機”が迫っている!?

文=水陶マコト