「汚し方が足りないんだよ」。兄と弟、どっちが「ヤバイ」? 兄弟BLの新星登場!

BL

公開日:2016/5/16


『泥中の蓮』(ためこう/祥伝社)

 兄弟BLに目がない腐女子のみなさんへ朗報! 兄弟萌えの多くを詰め込んだBL作品がこのたび発売された。

泥中の蓮』(ためこう/祥伝社)は、新鋭作家のためこう氏が描く、罪深く、イビツな執着愛を描いた兄弟ものBL。個人的に兄弟ものにはあまり興味がなかったが、この作品は別格だった。そもそもどうして兄と弟で恋愛関係になるの? という感情が先に立ってしまい、中々このジャンルを好きになれなかったのだが、本作においてそんな疑問は些細なことに思わせてくれる。それほどの兄と弟の交錯した想い、執着心を通り越した愛情が、読者を物語に引き込ませてくれるのだ。

 早くに両親を亡くして二人暮らしの兄弟、元春(もとはる)と秋生(あきお)。兄は生活費のために、男でありながら男相手にウリをしているヨゴレ。乱れた性生活を送り、身一つで金を稼ぐ元春。弟の秋生は成績優秀な優等生の高校生。元春にとって、まっとうに生きる力のある秋生は希望だった。

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 そんな兄の期待にこたえるべく、秋生は「立派な弟」を演じていたが、実際は「ヤバイ」ほど兄を愛している。その本心は、「兄を独占したい」「もっと汚れてほしい」というイビツなもの。しかし、そこへ「兄弟」という高い壁が立ちはだかる。「許されることではない」「世間にバレたら責められるだろう」と、秋生は兄を「泥の中」へ引き込む勇気がなく、自分の気持ちを告げることもなく日々を過ごす。

 だけど、いつか……。「誰も近寄らなくなるくらい汚れてよ。そうしたら、俺が一番優しく抱くから」と、兄が自分の元へ堕ちてくることを願っていた。

 そんな日々を送っていたが、とあることがきっかけで、秋生は遂に元春に自分の気持ちを打ち明け、半ば強引に身体の関係を結んでしまう。戸惑う兄をよそに、弟は長年の願いが果たされ、この上ない幸福を味わっていた。ようやく兄を独占することができた秋生は「なにもいらないから、この泥の中に、二人でずっと一緒にいたい」と思うようになる。

 しかし、気づいてしまった。

 泥の底にいても、「兄はいつまでも、兄でいようとすること」に。泥の中に引っ張りこんでも、決して普通の恋人同士にはなれない。自分だけの物にはなってもらえない。そのことを思い知らされた秋生。そんな秋生の元から、元春はひそかに姿を消す。元春はこれ以上、弟が泥の中に落ちていく様子を見ていたくなかったのだ。

 それから、数年の月日が経つ。相変わらず、その日暮らしの乱れた生活をしていた元春は、貧血で倒れて病院へ送られてしまう。そこで、秋生と再会することになる。秋生は大学を出て、立派なサラリーマンとして働く社会人になっていた。

「兄ちゃんが描いてた『自慢の弟』に見える?」と微笑む秋生。まっとうに生きている弟の姿に安心した元春は、秋生の元を去ろうとするが、秋生は許さなかった。「恋人のように愛されることを、俺はもうあきらめた」という秋生。どんな手段を使ってでも、兄を離さない。自分のものにする。秋生のゆがんだ愛情は消えることなく、虎視眈々と、兄と再会する機会をうかがっていたのだ。

 最初は拒絶した元春も、結局は弟の想いを受け入れることになる。ともに泥の中に沈んだ兄弟。二人は決して人には言えない禁忌を抱えながら、幸せに暮らしていくことになるが……。

 最後にちょっとした「驚き」がある。本編を通して、泥の中に兄を引きずり込んだのは弟の方だ。しかし実際は……という種明かしがなされる。

 兄弟で愛し合う二人。果たして、本当に「ヤバイ」のはどっちだったのだろうか。ハッピーエンドでありながら、一筋縄ではいかない。深みのあるBLだった。

文=雨野裾