累計100万部突破!『このミス』大賞受賞作「さよならドビュッシー」シリーズ最新作は、天才ピアニストの高校時代のほろ苦い青春を描いた音楽ミステリー!

文芸・カルチャー

2016/5/23


『どこかでベートーヴェン』(中山七里/宝島社)

自分の才能が、河原の石ころ程度のものだと気づかされたのは、いつのことだったろう。幼い頃から「特別な存在だ」と言い聞かされて育ってきたというのに、才能ある人間の前に立たされた時、自らの才能はあまりにも平凡だった。自分が才能だと思い込んでいたものは、せいぜい河原の石が丸いか四角いかくらいの違いに過ぎず、本物の鉱物を目の当たりにした時、そのまばゆさに思わず目がくらんだ。他人の秀でた才能に、そんな挫折を経験したことはないだろうか。

中山七里氏の最新刊『どこかでベートーヴェン』(宝島社)は、才能ある転校生を迎えた音楽高校で巻き起こるさまざまな事件を描いたほろ苦い音楽ミステリーだ。中山七里氏といえば、2010年『さよならドビュッシー』で『このミステリーがすごい!』大賞を受賞。この作品に登場する天才ピアニスト岬洋介が活躍する「さよならドビュッシー」シリーズは、累計100万部を突破する大きな話題を呼んでいる。『どこかでベートーヴェン』も、この同シリーズの5作目。優れた推理力で事件を解決へと導く、天才ピアニスト・岬洋介の高校時代を描いた、いわば、シリーズの“エピソードゼロ”を描いた作品である。

ニュースでかつての級友・岬洋介の名を聞いた鷹村亮は、高校時代に起きた殺人事件を思い出していた。当時、岐阜県立加茂北高校音楽科の高校2年生だった鷹村は、転校生の岬洋介や他の音楽科の生徒とともに、発表会に向け、日々練習に励んでいた。夏休みのとある日、クラスメイトで集まって校内で練習に励んでいると、豪雨による土砂崩れが発生。一同は校内に閉じ込められてしまう。そんな中、クラスの問題児・岩倉が死体で発見された。警察から岩倉殺害の疑いをかけられた岬。周りの生徒からも冷たい視線を浴びせかけられた彼は、自らの嫌疑を晴らすため、素人探偵さながら、独自に調査を開始。はじめての事件に立ち向かうこととなる。

「さよならドビュッシー」シリーズは、ミステリー作品としての評価はもちろんのこと、その音楽描写がピアニストや音楽関係者から高い評価を受けているシリーズだが、この作品においても、音楽の描写はあまりにも美しい。特に、音楽科の生徒たちの前で、初めて岬が披露するベートーヴェンの「月光」の描写には、心の一番繊細な部分を突いてくるような鋭さがある。岬洋介のピアノの調べは、自らに特別な音楽の才能があると信じてやまなかった音楽科の生徒たちを絶望させるのに十分すぎるほどのもの。優れた才能を目の当たりにした生徒たちの様子とともに描かれる「月光」のメロディはあまりにも切ない。

すらりとした細身で小顔、整った上品な面立ち。そんな見目麗しい涼やかな容姿だけでなく、類まれなるピアノの才能と、優れた頭脳を持つ岬洋介。どうやっても勝てない相手だからこそ、音楽科の生徒たちは、彼への嫉妬を募らせる。周りの視線に無頓着なようで、静かに痛みを募らせていく彼の姿はなんと悲しいことだろう。

「さよならドビュッシー」シリーズを既に読んだことのあるものは、大人になった彼と高校時代との彼を重ね合わせながら、読み進めれば、物語はさらに深みを増していく。そして、この本をはじめて読む者も、岬の涼やかな容姿、所作の裏側に隠された悲しさに惹き付けられるように読み進めば、大人になった彼の姿も気になってくるはず。この作品はぜひ他シリーズ巻とともに読んでほしい。いや、読みたくなってしまう作品だ。

本をひらけば、ほろ苦い青春の調べが身体中に響き渡ってくる。青春時代から遠ざかってしまったあなたもこの切ないメロディに、ぜひ耳を傾けてほしい。

文=アサトーミナミ