奥田英朗が描く“うやむやの優しさ”とは?

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/28

大きな事件も何もない、“普通の家族の日常”が、どれだけ豊かでかけがえのないものなのか――。   
  
 くすりと笑えるユーモアの中に、そっとそれを教えてくれるのが、直木賞作家・奥田英朗さんの最新刊『我が家の問題』(集英社)。平凡な家族の日常を描いたロングセラー『家日和』の第2弾だ。
  
 「基本的に僕は、市井(しせい)の人々の話が好きなんだと思います。特に平凡な一家の話が好きです。家族の問題というのはほとんどはホントにつまらない内輪の問題で、ごく個人的なもの。でも、その中に人間の真実があるというかね」
  
 平凡な人間のホンネの部分。そこから立ち上がってくる愛おしいもの。それが、奥田さんの手にかかると、バラエティ豊かにドラマチックに変貌する。
  
 「僕は、自分が白黒つけて誰かを裁くとか、したくないんですよ。特に家庭内の問題は、突き詰めて、白黒つけて、言い当てて、それで誰かが救われるというのは絶対ないと思うから――」
  
 だから、奥田さんは、登場人物たちの胸のうちを存分に聞いたうえで、それをいつも“うやむやの優しさ”で、くるりと包んで見せる。
  
 「うやむやの優しさって、すごく大事じゃないかと思います。たとえば、“夫が仕事ができない”なんていうのは、永遠にごまかし続けるしかない。問題をはっきりさせて、討論しても何ともならない。いい大人がとことん突き詰め合ったら、ただじゃ済まないですしね(笑)。だから、どうやって一生うやむやにごまかし続けるかというのが、夫婦の知恵だろうし、優しさなんじゃないかなと、僕は思うんですね」
  
 夫婦のみならず、人と人との営みの仲に綿々と受け継がれてきた知恵=あえて白黒つけないうやむやの優しさ。それがもちろん善意からきているにしろ、みんながそれぞれの正義を声高に語るのにいささか疲れてしまう時がある。そんな時、白か黒かというような正義ではなく、ごくささやかな個人的な問題を、うやむやの優しさにくるんで淡々と綴ったこの物語に触れることは、読むものをニュートラルなところに戻してくれる気がする。
  
 「テレビドラマも映画も小説も、今、お互い傷つけ合ったりとか、何かもっと強烈な波紋ができるようなことしか描かない。でも現実にはそうでない人のほうが多いし、もっといえば今こそ、ささやかな“我が家の問題”が大事なんじゃないかな、とも思う。自分の問題を解決できなければ、社会の問題を語ることもできない気がするから――」
  
(ダ・ヴィンチ8月号 今月のブックマークEXより)