谷川俊太郎作「なめる」がちょっとエロくて秀逸

文芸・カルチャー

2016/5/27


『恋愛詩集』(小池昌代:編著/NHK出版)

冒頭、編著者である詩人の小池昌代は、「恋のさまざま――はしがきにかえて」に書いている。

「恋歌を、読むのはだれか」
「今日も明日も、一見恋とは程遠い現実のなかで、汚れにまみれながら生きている、わたしたち、ではなかろうか」

古今東西の恋愛をテーマに構成したアンソロジー『恋愛詩集』(小池昌代:編著/NHK出版)は、現代を生きる私たちに、屈折して見えにくくなってしまった愛の基本形を、詩を通して伝えようとしている。

43篇の詩には、人を想う苦悩、歓喜、陶酔、落胆、そして生々しい性への執着や愚かさ、愛しさが、数行の言葉の中に、率直な愛の欲望として肯定的に描かれている。心和む微笑ましい詩の次には、荒々しく剥き出しになったエゴが現わ れ、不条理な別れがやってくる。この意外な裏切りに似た展開は、アンソロジーならではの楽しみである。

一見、恋愛とは関係のないようにも思われる詩を、さりげなく織り交ぜ、恋愛詩として解釈しているのは、小池昌代氏が願う本当の恋の姿がそこにあるからだ。そして作品の後に添えられた解説には、作者の背景や創作に至るエピソードなどが、女性らしい、たおやかな視点で描かれており、作品に深みを増している。

いくつか作品の一部を紹介しよう。

「娘に」  シャロン・オールズ 作  江田孝臣 訳
やがてその夜は来る。どこかで誰かが
お前の中に入る。男の体が
お前の白い体にまたがり、お前の血を
お前の皮膚から分かつ。見開いた、あるいは閉じた。
お前の黒い目が潤む。つややかな
絹のようなお前の髪は、夜そそがれた
水のように細く、股間の
繊細な糸は、ほころびた縫い目のように

初めての夜を迎える娘に母親が語っている詩である。娘に語りながら、この母親は、かつて自分自身に起きた夜のことを思い出している。女として、女が通る道として、同じように生きてみなければわからない、と解釈しており、力強く生きる女性像が浮かび上がる。

「夢」   茨木のり子 作
ふわりとした重み
からだのあちらこちらに
刻されるあなたのしるし
ゆっくりと
新婚の日々よりも焦らずに
おだやかに
執拗に
わたくしの全身を浸してくる

最愛の夫を亡くした悲しみ。記憶の中に残る魂の重み。確かにそこにいたリアリティが、詩を通して伝わってくる。四十九日にやってきて、肉体に刻印を残す夫。それを「あなたらしい挨拶」といった作者の死後に、夫を恋うる一連の作品が見つかった。

「夜の脣」   大手拓次 作
こひびとよ、
おまえの 夜のくちびるを化粧しないでください、
その やはらかいぬれたくちびるに なんにもつけないでください、
その あまいくちびるで なんにも言わないでください、
ものしづかに とぢてゐてください、
こひびとよ、
はるかな 夜のこひびとよ

その唇を思い出しながら、恋するひとを想って書いた詩は、作者の片思いだったのかもしれない。生涯独身で、肺病を患い、46歳で亡くなるまで書きつづけたことを記した解説には、作者への哀しみと深い情が感じとれる。

「薔薇の内部」  リルケ 作   富士川英郎 訳
何処にこの内部に対する
外部があるのだろう?  どんな痛みのうえに
このような麻布があてられるのか?
この憂いなく
ひらいた薔薇の
内湖に映っているのは
どの空なのだろう?見よ

この詩の解説には「薔薇の…美の、狂気の、ビジョンである」「香り高い生命の秘密をこの詩は言葉を尽くして語っている」と記されている。どこかエロティックで秘めやかな薔薇。恋の内部と置き換えて読めそうだとは、詩人、小池昌代ならではの世界観である。

「なめる」   谷川俊太郎 作
見るだけでは嗅ぐだけでは
聞くだけではさわるだけでは足りない
なめてあなたは愛する
たとえば一本の折れ曲がった古釘が
この世にあることの秘密を

愛することは過剰なことである。この女は全身全霊を傾け、古釘さえも舐めてみなければ気がすまない。愛をほしいままにむさぼり、まだほし がっている。でもどこかせつない。谷川俊太郎の詩と佐野洋子のエッチングによる共作、『女に』の中の一篇。

この他、萩原朔太郎、須藤洋平、林芙美子、宮沢賢治ら、詩人たちが恋のかたちを描いている。詩とは、何度も読み返すごとに深い味わいがでて、雪解け水のように少しずつ心に沁みこんでいくもの。ひとつひとつの言葉や空白に込められた魂のかけら。その温度、匂い、手触りが、読む人を包みこむ。

小池昌代が『恋愛詩集』で集めた詩は、どの作品も「恋愛」の中におさまらず、人生一瞬一瞬のかけがえのなさに、深い想いを抱かせるものばかりになったという。多忙な毎日、大量の情報に疲れてしまった時、こんな詩集を開いてみてはどうだろう。詩の豊かな世界に心が解放され、余韻を楽しむ気持ちのゆとりが生まれるかもしれない。

文=藤本雪奈