女にとって「産む」とは何か?【鼎談 上野千鶴子×東小雪&増原裕子 <前編> 】

恋愛・結婚

2016/6/1

特別鼎談 上野千鶴子×東小雪&増原裕子「産む」「産まない」は私が決めて何が悪い!

その1:女にとって「産む」とは何か?

上野千鶴子×東小雪&増原裕子

さきごろコミックエッセイ『女どうしで子どもを産むことにしました』を出した東さんと増原さん。レズビアンカップルへの社会的偏見を超えて妊娠をめざす彼女たちの挑戦は、あらためて「妊娠・出産」に対する女の自覚——―産む・産まないの決定は誰がするのか?——―を問い直す。このたび、出版記念としてそんなお二人が、尊敬する「ヘテロセクシュアルで結婚・出産経験なし」の上野千鶴子先生と鼎談。リブ以降、女たちはどう変わったのか? 明らかになる女の実相は、全女性、そして男たちにも知ってほしい。


 

45年前と何も変わらない日本の女たち

上野:私はこの頃、ゆったりしたシルエットのお洋服を着ると「これ、妊婦服にもなるでしょ」ってふざけていうのよ。閉経した女だから妊娠の可能性もないのに(笑)。でもね、そんな私がこの対談に出てきたいと思ったのは、歴史的証言をしたいと思ったからなの。リブの時代からの生き証人として。

東&増原:はい。

上野:言わなきゃいけないことがたくさんあるのよ。今日のテーマを新鮮に感じるかもしれないけど、実はリブの頃にも同じ標語があったの。当時は「産む産まないは女(わたし)の自由」といって、「女」にルビをふったの「わたし」って。1970年だからもう45年も前だけど、歴史として残してほしいと思ってね。それにしてもリブの標語は定着せず、むしろレズビアンカップルのお二人から聞くことでフレッシュに聴こえるなんてねえ…。

:この標語を見たときに、私はすごく感動したんです。それができないから、というか、できると思っていなかったから…。

上野:当時、あの標語がめざしたのは女がひとりで生み育てる自由、つまり「シングルマザーになる権利」だったの。シングルマザーは死別、離別、非婚の順に序列化されていて、ボトムは非婚で社会的制裁を受ける。いまは離別シングルマザーはざらにいるけれど、昔は離婚しただけで「人格破たん者」扱い。子供を育てる資格はあんたにはないってね。

東&増原:ええ〜!

上野:日本で驚くべき状況は、45年前と比べれば諸外国は「婚外子出生率」が軒並みどこも上がっているというのに、日本ではそれが増えなかった。やっぱり社会的差別が強いからでしょうね。いまは非婚シングルマザーも少しは増えて来きけれど、彼女たちの多くは男に逃げられた被害者だから(社会に)受容されるけれども、自発的にシングルマザーを選ぶ女性に対する風当たりは強いわね。

:自発的なシングルマザーは相当な覚悟がいると思います。スケートの安藤美姫さんが妊娠した時とか、わざわざ週刊誌でアンケートでとったりしてましたよね。大きなお世話って思いましたもん。

上野:たしか、あのときには週刊誌のほうが批判を受けましたね(注:「週刊文春」がメルマガ読者向けに実施した「緊急アンケート! 安藤美姫選手の出産を支持しますか?」にネットユーザーから批判が続出。謝罪に追い込まれた)。世間の常識もそのくらいは変わったってことでしょう。

増原:たしかにまだ選択的にシングルマザーになるには世間の目は厳しいところはありますよね。反対に自分で「産まない」と決めたのにとやかく言われることもある。やっぱりまだまだリプロダクティブ・ライツ(生と生殖に関する権利)は自分で選択できると思えている女性が少ないってことですよね。

上野:そうね。…それにしても、私よりうんと若いあなたのような年齢の女性からいまだにそんなことを聞くと、なんだか悲しくなるわ。

 

規格外の女の生きづらさ

上野千鶴子

上野:ちょうど私の世代が出産・育児をしていた時に、私は「なんで産んだの?」って聞いてまわったの。産むのがあたりまえだと思われていて、産まないとなぜ産まないの?といつも聞かれるから、反対になぜ産んだの、って興味津々で。そうしたらすごい答えがあったわよ。「姑に頼まれた」っていうの。

増原:確かに「不妊で家から追い出された」とか聞いたことがあります。

:やっぱりそういう場合、男の子が望まれるんですか?

上野:そうでしょうね。男の子なら「でかした」、女の子だったら「はずれ」。当たるまでずっと産んで、最後に息子が産まれて打ち止め。そういう子を日本では「末っ子長男」っていう呼び名まである。

東&増原:あ〜。

増原:本当は女性だけの責任じゃないはずですよね。でも、夫婦でしっかり向き合えないとか、姑に抵抗できないとか、そういうのは今も生きづらさとして残っているようにも思います。

上野:女にとって結婚から妊娠・出産までは一続きになっていて、フルコースやらないと女の「規格品」じゃないことになってる。社会では「規格外」の女に対するバッシングは強いですね。

増原:なるほど…私たちって規格からもともと外れていると思われているので、その意味では楽なんですよね。

上野:ああ、そっか(笑)。

:もともとマイノリティですからね、私たち。そうそう、実は不妊治療の動機の中に「子を持たないとマイノリティになってしまうから」っていう回答があったと聞いて、すごく驚いたんですよ。周りが結婚して子供がいたりすると「いないこと」でマイノリティになると感じると。

増原:まさに「規格外」になるってことだからですよね。

上野:そうね。それと、日本の社会では結婚するかしないかより、母になるかならないかのほうに女性の価値がおかれている。以前、非婚シングルマザーになった知人から聞いた話なんだけど、出産を終えて仕事に復帰した時に、かつて一緒に仕事をしていた男たちが喜色満面で「やっと、君を信用できるようになった」と言ったというの。それで彼女は「女は何歳になっても、子供がいないというだけで半人前」と思われていたと、はじめて知ったと。

東&増原:ええ〜!!

上野:そういう感覚は男の中だけではなくて、むしろ女の中でもっと強い。母になることが女の「上がり」なのよ。たとえば産まない/産めない女が差別されたり、産んでも一人っ子だと「次、産まないの?」と責められたり。そういうのはすべて、女が自分のアイデンティティの資源を「母であること」にしか依存できないという、選択肢のなさのせいだとも思うけど。ほかにいっぱい資源があれば、母であることは自分にとって何分の一かになるんだけどね。

 

多様な経験を伝える大切さ

上野:今日はあなたたちに『<おんな>の思想』(集英社インターナショナル、2013年)という私の本を持って来たの。この中に森崎和江さんという私がものすごく尊敬する女性が出てくるんだけど、彼女はリブが産まれる前の時代の女たちにとって「天から降りて来た蜘蛛の糸」みたいな人で、ぜひ彼女のことを読んでほしいと思ったのよ。

東&増原:ありがとうございます!

上野:森崎さんという人は妊娠・出産経験を初めて言葉にした人なの。たくさんの女が経験しているはずのことなのに、言葉にしないから思想化されていない。妊娠や出産は動物のように本能のままにやるものだと思われていた。それを彼女が初めて言語化したから、私はとても感動したの。彼女は妊娠5ヶ月の時に「わたし」という一人称が使えなくなったと書いているのね。「わたし」というのはどこまでを言うのか、胎内にいる生命をも含むのか、と。彼女は「わたし」という概念が妊婦の自分とひどくかけはなれているのを実感して、「はじめて女たちの孤独を知った。…ことばの海の中の孤独」だったと書いています。

増原:妊娠した時から「赤ちゃん」って呼びませんか?

上野:そういうのもこの20年くらいの傾向なのよ。落合恵美子さんという家族社会学者の調査で、妊娠中から胎児に名前をつけて呼びかけるという傾向が出てきたといいます。

:そんなに最近なんだ!

上野:昔はそんなことしなかったのよ。産まれるまで名前なんてなかった。しかも命名者は産んだ親ではない人に名付け親を頼んで、乳親、袴親など、できるだけ多くの人に子供に対する責任を分担してもらうようにしたものよ。姓名判断で運命を占うように、名前をつけることはその子の運命を決める事だから、わざわざ誰か有力な人を名付け親に選んだのよ。それが共同体の中で子供を育て上げる知恵だったわけ。

東&増原:へー!なるほど。

上野:森崎さんの頃の産の感覚とは、ここ数十年の女性は変わってきている。人間は本能で生きているわけじゃなくて、言葉で感情を作り上げるから、言葉を通じてそういう変化がわかるわけね。胎児に名前をつけるのもそのひとつ。それとね、森崎さんは夫の立ち会い出産の先駆者でもあるのよ。1960年代のはじめ、まだラマーズ出産なんて言葉もなかった頃に「肉体を絞る苦痛にも似た分娩の快感を独り占めするのがこわくて、夫を分娩の場へ呼んだ」というのよ。なのに出産した途端に「自分とは無縁の孤独さで一顧の生命があらわれた」と、子供は自分とは切り離されたものであるという、すばらしい覚悟を書いたの。

:へその緒でつながれているという感覚がもっと続くのかと思ってました…。

上野:もちろん人によって違うけれど、彼女は「あなたは誰のものでもない、あなたはただあなたのもの」って書いている。これなら子供は親の所有物とは思わないでしょうね、私にとっては産んだ女が「謎」だから、好奇心からいろいろ聞いてきたんだけど、その中で「子供が何歳になった時に、この子をおいて死ねないと思わなくなったか

って聞いたことがあるの。あなたたちなら、どう?

:常識的に考えたら二十歳?

増原:18歳くらいとか、ある程度、成人という感じになってから…ですかね。

上野:「子供が成人するまで死ねない」っていうのは、愛情にみえるけど「所有欲」や「支配欲」かも。子供が自分のアイデンティティの拠り所だから、生きる理由をくれる。私が一番感心した答えは「子供が4歳の時、この子は私が死んでも生きて行けると思った」というもの。森崎さんは産まれた途端にそう思ったのね。もちろん彼女の感覚がすべての女性を代表するわけではないし、そんなふうに思わない女は同時代にもたくさんいたでしょう。ただ、そういう多様な母親の経験をちゃんと言葉にして伝えていくのはすばらしいことだから、あなたたちにはこの先も絶対に続けて書いてほしい。

東&増原:はい。

 

被虐児だって親になれる

東小雪

上野:東さんは親から虐待を受けて育ってきた子供だったでしょ。その自分が親の立場になるということに恐怖はなかった?

:…あります。それは今でもまったくないとは言い切れません。20代の頃はずっと苦しんで、カウンセリングをうけたり、本を書いたりして自分の生きる力を少しずつ取り戻してきたとは感じていますけど、それでも親になったことはないですから。100%自分は虐待しないとはいえないし、コントロールする母にならないだろうか、と常に考えます。でも、そういうことは常にパートナーのひろこさんに話をしていますし、彼女はわりと何事にも「大丈夫だよ!」というタイプの人だし、周りに助けてくれる人もたくさんいるというのもあって…。

上野:ほんとに精神安定剤みたいなパートナーがいてよかったわねえ。

:はい。なんでそういう不安はいつもひろこさんに言っています。

上野:カップルはお互いにとっての精神安定剤であり、最強の応援団でいなきゃいけないのよね。でも、日本のヘテロのカップルはホントにダメ。「世界中を敵にまわしてもボクはキミの味方だよ」って、ほんとはお互いに言ってあげなきゃいけないのにね。そんな男はめったにいません。

:そういうパートナーがいるから、私の場合「こどもを産むこと」を考えられる面もあると思います。でも、被虐児であってもそうでなくても、一緒に協力してくれるパートナーは大事ですよね。

上野:親の立場になるということは、「権力者」の立場になるということ。私はその恐怖に打ち勝てなかった。誰かを完全に依存的な存在にして、強者の立場に立つというこが、あまりの恐怖でできない。生育歴でつらい経験をしている人もいろいろで、たとえば詩人の伊藤比呂美は摂食障害だったけど離婚再婚して、3人産んで、女のフルコース全部やっている。そういう経験を持った人が「子供を産みたい」と思うのは、自分に対する信頼と未来への希望があるからよね。

:よく「虐待は連鎖する」って言われますよね。虐待した親自身も被虐児というのも多いですし。でも、虐待を受けたから親になれないと言ってしまうのはちがう。虐待をのりこえて親になっている方もたくさんいらっしゃいますし、たくさんの同じような境遇の方の力を奪うようなことを私は思いたくないので、すごく不安はあるけれど、結びつけて考えないというのはあります。

上野:やっぱりふたりだから強いよね。

:はい。本当にそうです。


 

精神安定剤のような理想的なパートナーシップを築く東さんと増原さん。とはいえ、まだまだ偏見の多い「レズビアンカップルの出産」はいかに厳しいか……上野先生との対話は「中編」に続きます。

 
取材・構成  荒井理恵

 

■女にとって「産む」とは何か?【鼎談 上野千鶴子×東小雪&増原裕子 <中編> 】

■男は子育てに必要か?【鼎談 上野千鶴子×東小雪&増原裕子 <後編> 】

 

『女どうしで子どもを産むことにしました』

東小雪、増原裕子、すぎやまえみこ(漫画) KADOKAWA

TDL挙式で注目を集めたレズビアンカップル、小雪とひろこ。家族になったふたりは、もうひとり(ふたり?)「新しい家族」を迎え入れることを決めました。わからないことだらけの、女どうしの妊活がスタート!しかしその道は、イバラだらけでありまして……。新しい家族のカタチをもとめる女ふたりの道程を描くコミックエッセイ。

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