「音」の凄さに打ち震える姿が、世界中で話題に! 生後16ヶ月で”全聾”と診断。39歳で初めて「音」を聞いた、ジョー・ミルン氏インタビュー

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更新日:2016/6/3

 1974年イギリスに生まれ、生後16ヶ月で全聾と診断されたジョー・ミルンさん。29歳のとき、治療法のない進行性の経過をたどるケースの多い難病「アッシャー症候群」であることがわかり、視力も失う可能性が高いと医師に告げられたことから人工内耳の手術を受けることを決意。手術が成功し、39歳で初めて音が聞こえた瞬間を撮影した動画が友人によってYouTubeにアップされ、これまで体験したことのなかった「音」の凄さに打ち震えるジョーさんの感動的な姿が世界的に話題となった。


 ジョーさんはこれまでどんな人生を送ってきたのだろう? なぜこれほどの困難に立ち向かえたのだろう? 半生を綴った『音に出会った日』(ジョー・ミルン著、加藤洋子訳/辰巳出版)を出版、来日したジョーさんにお話を伺った。

興味を持ってもらう“きっかけ”に

「YouTubeで注目されて皆さんが興味を持ってくださって、たくさんの人から『あなた自身の人生を本として書いてみたら』と勧められたんです。書き終えるまでに3ヶ月くらいかかりましたが、幼いころのことは私も覚えていないので両親にも話を聞いたんですね。私は家の中では聾者であると思ったことがないんです。それは私が生まれてから家族がずっとケアしてくれていたからなのですが、これほどまでに大変だったのか、でもそうやって無条件で受け入れて育ててくれたんだ、私はなんて素晴らしい家族に恵まれているんだろう、というエピソードが聞けたことが自分にとって発見でしたね。私が聾者であるからできることがあって、健常者にはできないことがある。健常者だからなんでもできるというのは大きな間違いで、誰でもできることは限られている……家族はそうやって私を支えてくれました。また本を書いたのはアッシャー症候群でいつか私の目が見えなくなる、悪くなることがわかっていたので、見える間に自分の思い出を残しておきたいと思ったこともありました。それを、家族が理解してくれたんです」

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 ただ、耳が聞こえない以外は普通の女性として生活してきたため、ジョーさんとご家族の皆さんは、果たして本にしたところで他人が興味を持ってくれるのか心配していたという。しかし本を読んでもらったことで「耳が聞こえない世界とはこういうものなのか、と多くの人に興味を持ってもらえた」とジョーさん。

「たくさんの反響があったことはハッピーなことでした。しかも私が知る限り、反響の中にはネガティブなものは一切ありませんでした。皆さんは障害者に対して仲良くしないといけない、注目しないといけないと思いながらも、日ごろは気に留めずに生きていますよね。でもこの本が、見えない、聞こえない人がどんな人生を送っているのかについて興味を持ってもらえるきっかけになったことは、とても大きな出来事だと思っているんです」

文句を言っても状況は変わらない!

 しかし29歳で「アッシャー症候群」と診断されたジョーさん。徐々に視界が狭まっていく34歳からの4年間は「どうして私なの?」と塞ぎこんでしまったという。

「自分にとって耳が聞こえないことと目が見えないことはまったく違う人生で、それは健常者が聾者になることと同じくらいの変化なんです。車の運転も、思い切って走ることもできなくなる――これまでとはまったく違う自分になってしまうことがはっきりしたんです。受け入れるのか、受け入れないのか、その2つしか選択肢はないんです。周りの人に頼むこともできない。認める以外にどうやって先へ進めるでしょう? そうなると、自分としては受け入れることしか選択できませんでした」

 その教えは母からのものなんです、というジョーさん。

「母がいつも私に言っていたのは、なにか困難があったとき、文句を言ったって状況は変わらないということ、そして生きていれば、命があればそれでいい、ということでした」

 できなくなったことを嘆くのではなく、新しいやり方を見つけ出すこと、そして外の世界にはまだ自分の知らないことがたくさんあることを思い出し、ジョーさんは新しい人生への一歩を踏み出すことにした。

「大事なのは自分で見極めること。見極めるために4年という時間がかかったのです。そして私は人工内耳の手術を受け、その結果、今こうして生きているのです」

4年間無為に過ごしてしまったことを戒めにするため、大好きなボブ・マーリーの言葉「Love the life you live. Live the life you love. 」(いま生きている人生を愛し、愛する人生を生きる)をタトゥーにしている

人は未来が見えないと動けない

 どうしたらジョーさんのように、強い心で困難に立ち向かっていけるのでしょう? そう聞くと「その質問はいつも聞かれます」とジョーさんは微笑んだ。「家族の理解あってこそ」というジョーさんに、理解ある家族やパートナーがいないと感じている人はどうしたらいいのか、と聞いてみると……

「家族も愛するパートナーもいないという人に私が一番言いたいのは『孤立しないで』ということです。誰でもいい、たったひとりでいいから話せる人、相談できる、理解してくれる人を見つけてください。そうすればその人には友達がいて、そこから広がっていく。でも孤立してしまったら、それで終わってしまうんです」

 現在は障害者の方たちが孤立しないよう導き、精神的支柱となる「メンター」として世界中を飛び回っているジョーさん。

「人というのは、未来が見えないと動けないものです。そのためには誰か導く人がいないといけない。今になって私が思うのは、20歳の頃と40歳を過ぎた自分を比べてみると、若い頃は全然未来が見えていなかった。だから不安もすごく大きかった。でも結局、みんなそうなんじゃないかと思うんです。だからお医者さんでもいいし、友達でもいい、誰でもいいから、自分にとっての『メンター』がいるということが人を救うんです。ですから私は困ったときに未来を見せてあげられる存在、『ああなればいいんだ』というロールモデルになれればいいなと思って活動をしています」

「これだけの困難があっても私が楽しく生きているということを感じてもらいたい。そして知識を得たら、それを周りの方へ伝えていただきたい。認識を深めて、皆さんに興味を持ってもらえたらと思っています。なぜなら、人って認められることがとても幸せと感じるから」と日本の読者へメッセージを送ってくれたジョーさん。本書には「ちがうからと否定し合うのではなく、ちがいを尊重し合える世界を作りたい」という力強い言葉がある。

「私はいろいろな人に会う機会がありますが、彼らには別の宗教だったり、いろいろな生活があります。でも大事なのは、“自分の生活が幸せ”と思って人生を楽しむことだけ。人生は一度しかなく、与えられたものですから、今を最高に楽しんで欲しいですね……ごめんなさい、こんなことを話していたら、自分がいかに幸せなのかと思って、涙が出てきました(笑)。とにかく人生は楽しいもの、いいものです。『今日も幸せ』と思って、生きていかなきゃ!」

取材・文=成田全(ナリタタモツ) 写真=山本哲也

●ジョー・ミルンさん
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