「何気ない誰かの一言が人生の坂道を登る希望になってくれることもある」ドリアン助川がCDブック『坂道-Les Pentes-』を刊行

文芸・カルチャー

2017/11/15

『坂道 –Les Pentes–』
ドリアン助川/著・撮影・朗読 Geoff Hash/英訳・朗読  Ivan Grandclément/仏訳・朗読
きりばやしひろき/音楽プロデュース ポニーキャニオン 2500円(税別)

左ページには写真、右ページには数行の散文。

 

〈0歳、気付けばボクは生まれていた。〉

 

と始まる『坂道-Les Pentes-』は、名もなき画家の人生を1歳ずつたどった作品集だ。

「僕がやるライブで、何かひとつ、淡々と朗読するだけの作品があったらいいなと思ったんですよ。それも、できれば人生を感じさせるようなもの。そんなときに、高校生の娘が僕の職業を“芸術家”と学校に提出する書類に書いているのを見たんです。反抗期に入ってなかなか話す機会もとれなくなっていたし、収入が不安定な僕の仕事で肩身の狭い思いをしているだろうなと思っていたせいもあってか、その“芸術家”という文字がやけに響いた。娘がそう言い続けてくれるような父であろうと思うと同時に、『父は芸術家です』という娘の一言で人生が決まっていく、そんな男の物語が浮かびました」

表現者であり続ける限り、
人は最後の一秒まで幸福でいられる

その思いは作品にも記されている。

 

〈33歳、娘が小学校の作文で、父さんは芸術家です、と書いた。新しいイーゼルを買った。〉

 

添えられた写真には、細い小路の上に煌々と輝く太陽が映し出されている。絵を描くこともままならない貧乏暮らしの男が、絵を描くことへの想いを新たにしたとわかるページだ。

「本書は、決して何かに成功したわけではなく、一人の男がただ生き抜いたというだけの話。でも彼は、最後の最後まで希望を失わない。進学をあきらめざるを得なくなったり、大切な人を亡くしたり、途中で挫けそうになったことはたくさんあると思うけど、それでも絵筆を握り続けたのは、きっと娘の言葉があったから。そして彼が根っからの表現者だったから。どんなときでも『描こう』と思えたからこそ、どんな不運が訪れたとしても、真の意味で彼が不幸になることはなかったのでしょう。

何かことが起きたとき、どうしてくれるのかと誰かに不満をぶつける人と、さてどうしようかと自ら思える人の間には決定的な違いがあります。この世に対して何か表現していくのだと思い続けている限り、人は最後の一秒まで幸せに生きていけるんじゃないかという気がするんです。それは画家や作家といったクリエイターに限ったことではなく、『最後に何を言って笑わせてやろうか』というような気持ちの問題。自らの人生を自らの意志によって輝かせようと思うことが、人を希望に導くんじゃないでしょうか。誰かになんとかしてほしい、これだけ頑張ったんだから認めてよ、と他者に求め続けているのは、きっといつまでもしんどいでしょうからね」

僕自身がメディアミックス。
詩も、音楽も、朗読も、すべて体感してほしい

掲載されている写真はすべて、ドリアン助川さん自身が旅で目にした、南仏やイタリアの風景だ。坂道そのものだけでなく、その周辺の風景もひっくるめて表現したという写真には、どれも希望を示すようなまばゆい光が差し込んでいる。

「もともと坂道が好きで、いいものを見つけると立ち止まって撮るくせがあるんですが、とくに地中海沿岸の町の坂道が好きなんです。『あん』という小説が映画化されて、カンヌへも足を運んだことがきっかけで、さらに広く足を延ばすようになりました。

不思議なことに、心を病んだ画家・モジリアーニが唯一正気を取り戻したニースも、旅の途中のピカソが長期滞在し、フィッツジェラルドが『偉大なるギャツビー』を書いたアンティーブも、すべて南仏コートダジュールの町。あの地方に差す光には、芸術家に命を与えるものがあるように僕は感じます」

ハンセン病をテーマに執筆された小説『あん』は国内外で高い注目を浴び、ドリアン助川さんにとっても一つの転機となった。

「それまで書いた小説は初版止まりで、読まれているという実感はなかったし、こんなことをしていていいんだろうかと自分に問いかけたことも何度となくありました。だけど『あん』が売れたことで、ありがたいことに過去の作品も読まれるようになった。形にして残すことの大事さを改めて感じましたね。

これまで、本を書いて得られるものは、読者に感想をもらうことだけだと思っていたのですが、人との出会いをつなげていくものでもあるんだということも気づきました。ハンセン病の元患者やご家族の方々が喜んでくれたり、映画になったことでたくさんの人たちに出会えたり、過去に仕事をご一緒した方が久しぶりに声をかけてくださったり。あるいは、『ドリアン助川って、ラジオで若者に説教してるうるさいオヤジだろ?』なんて忌避していた方が、『思っていたのと違うかも』と僕自身に興味を持ってくれたり。時代や環境を飛び越えてつながっていく、返ってきてくれるものに触れたおかげで、続けていてよかったと思えるようになりました」

そんな思い入れの強い『あん』は、朗読劇に形を変えて、今も自ら発表し続けている。朗読CDを付録した本書『坂道』もまた、ライブで発表していく予定だ。

「もともと僕は、道化師の格好をして詩を歌ってきた人間。書いて、写真を撮って、朗読して、という本作は僕にとっては一番理想的な形なんですよ。言ってみれば、僕自身がメディアミックスというわけ(笑)。朗読CDを聞きながら本を読んでいただいたり、今後もライブでお届けすることで、皆さんに作品を体感していただきたいと思います」

取材・文=立花もも 写真=干川 修

ドリアン助川さん

ドリアン助川
どりあん・すけがわ●1962年、東京都生まれ、神戸育ち。放送作家を経て、90年にポエトリーロックバンド「叫ぶ詩人の会」を結成。詩人・ミュージシャン・道化師として活躍。2003年より作家活動を開始。小説『あん』は映画化され、世界45カ国で上映。著書に『メキシコ人はなぜハゲないし、死なないのか』(明川哲也名義)など多数。