ミステリーは今、山形県が熱い!? 俊英・長岡弘樹の『赤い刻印』があなたの涙腺を直撃!

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/15

ミステリーファンにとって、今もっともアツい都道府県はどこか? そんなアンケートを実施したら、山形県はきっと上位にランクインするはずだ。というのも『孤狼の血』が話題を呼んでいる柚月裕子をはじめとして深町秋生、吉村龍一など、同県は実力派のミステリー作家を多数輩出しているからだ。文芸評論家の池上冬樹率いる小説家講座の存在もあって同県は近年、東北ミステリー王国の観を呈している。

そしてもう一人。忘れてはいけない山形出身・在住のミステリー作家がいる。1969年生まれの俊英・長岡弘樹だ。08年に発表した「傍聞き」で第61回日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞。同作を収録した短編集『傍聞き』は、予想不可能の展開と人間ドラマが評価されて、これまでに40万部超を売り上げている。13年には警察学校を舞台にした異色ミステリー『教場』を発表し、こちらも大ヒットを記録した。

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5月22日に発売された『赤い刻印』(双葉社)は、その長岡弘樹による最新短編集である。

収録作は母子の強い絆を描いた「赤い刻印」、記憶障害を抱えた医学生の日記が思わぬドラマを生む「秘薬」、自殺した児童の父親が小学校に立てこもる「サンクスレター」、母の介護と弟の世話に疲れた主人公にある救済が訪れる「手に手を」の全4編。表題作は「傍聞き」のキャラクターが再登場する、後日談的な作品だ。

これまでと同等以上のクオリティを求められてしまうのが、人気作家の宿命。しかし本書は決してファンの期待を裏切らない。長岡弘樹らしい魅力にあふれた、珠玉の作品集に仕上がっている。

表題作「赤い刻印」は、母と子の会話シーンから幕を開ける。母親の羽角啓子は杵坂市の警察署に勤める刑事、娘の菜月は中学生だ。物置で古いアルバムを見つけた菜月は、仕事から帰ってきた啓子にこう訊ねる。「お祖母ちゃんって、どんな人だったの」。

その答えは意外なものだった。啓子にはある事情から「産みの母」と「育ての母」がおり、産みの母にあたる女性・チサはまだ生きているというのだ。次の土曜日、菜月はさっそくチサの暮らす市内の老人ホームを訪ねる。最初は気難しげに見えたチサだったが、少しずつ孫の菜月に心を開いてゆき…。

チサと啓子、啓子と菜月という二組の母子を描いた物語は、やがて意外な展開を迎えることになる。母が子を思う深さ、子が母を愛する深さを描いたラストシーンは、きっとあなたの涙腺を緩ませること必至。さりげない文章に手がかりを埋めこんだ、伏線のうまさにも何度も唸らされる。

情感豊かな人間ドラマとミステリー的な仕掛けの融合。それこそが長岡弘樹がデビュー以来大切にしてきたものだ。他の3編の収録作でも、感動と驚きが高いレベルで共存しているので筋金入りのミステリーファンも、普段あまりミステリーを読まない人も、どちらも大満足できるだろう。

本書の刊行によって、山形が生んだ短編ミステリーの名手・長岡弘樹はさらなる人気と知名度を獲得するに違いない。ちなみに単行本のカバーに描かれた赤い実は、北国の街路樹でよく見かけるナナカマドの実。著者の故郷である「山形市の木」に指定されているそうだ。

文=朝宮運河

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