キャプテンコラム第18回 「霧の中で立ちつくしている、あなたへ」

更新日:2013/8/14

 

ダ・ヴィンチ電子ナビ キャプテン:横里 隆

ぼくたち電子ナビ編集部は、
どこか学生時代の部活動のようなところがあります。
だから編集長じゃなくてキャプテンなのです。
そしてネットの海を渡る船長という意味も込めて。
みんなの航海の小さな羅針盤になれたらいいなと。
電子書籍のこと、紙の本のこと、
ふらふらと風まかせにお話ししていきます。

 

 久し振りのキャプテンコラムです。こんなに間があいてしまったのに、来てくださってありがとうございます。

 以前もこのコラムで書きましたが、ぼくは大学時代、山登りサークルに所属していました。信州・松本にあるキャンパスで4年間を過ごしたため、北アルプスにはよく登りました。20キロ以上の荷を背負って登る道中は、あまりのつらさに「もう二度と登るもんか!」と、いつも思っていました。
 それが、“のど元過ぎれば熱さ忘れる”で、しばらくするとまた登るのでした。「人はなぜ山に登るのだろう?」とよく言われますが、その頃のぼくは、「ぼくはなぜ山に登るのだろう?」と思いながら登ったり、もう登るもんかと思ったり、また登ったりを繰り返していたのでした。

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 その答えのひとつを、最近、見つけた気がするのです。

 今から数年前のテレビ番組でのことでした。それは「世界の果てまでイッテQ!」という旅行バラエティで、その中の“珍獣ハンターイモト ワールドツアー ~キリマンジャロ登山”というコーナー(2009年6月28日放送)でした。
 伝説的体当たり取材をかずかずこなし、今やすっかり人気も定着したイモト(敬称略ですみません!)ですが、ぼくにとっての“イモトランキング第1位”は、間違いなくこのキリマンジャロ登山です。
 登頂の序盤、「登っているとき何を考えているの?」と問われたイモトの答えは次のようなものでした。

 「怖いんですよ毎日毎日。私、本当は何もない人なんですよ。本当、ネタもできないし、なんだろその・・・、テレビに出る人としての土台が全くない人なんですよ、ぶっちゃけて言ったら。それを、今はなんだろう・・・、動物に助けられ、編集にも助けられて。でも土台がないから確実にこのままで行っちゃうと消えるパターンだと思うんですね。だから登れないと、ほんと『何だアイツ』っていう、世間から見捨てられる感はちょっと怖いですね」

 番組をぼんやり眺めていたぼくに、彼女のありのままの本音が突き刺さってきました。その吐露された本音は、ぼくも含めて誰もが抱いている普遍的な思いではないでしょうか。だからこそ、心の深いところに響いてきたのです。
 そして登頂成功後、スタジオに戻ってきたイモトの言葉がまたすごかったのです。

 「本当に・・・辛かったんですけど、でも本当に登ってよかったって思う部分がいっぱいあって。私みたいな、ぽっと出のスカスカ人間は、本当になんだろう、頑張ろうと思っても、正直どう頑張っていいのかわからない部分があるんですけど、山みたいにこう頂上っていうゴールがあると、一切邪念を捨てて全力で向かえるって思いました」

 イモトのあまりの名言に、ぼくはハッとしました。そうか、多くの人たちが生きづらく感じているのは「何をどう頑張っていいのかわからない」からで、誰もがみな求めているのは「山の頂上のような明確なゴール」なのだと。

 だから、イモトの言葉に感銘を受けた今は、あの問いに答えられる気がするのです。

「人はなぜ山に登るのですか?」
「全力で向き合って、到達することができるゴールが、そこにあるからです」

 イモトは登山家ではありません。趣味が登山でもありません。彼女はタレントであり芸能人であり、テレビの仕事で山を登ったに過ぎません。でも、だからこそ、山が好きだとか頂上の風景に感動したといった感情に流されることなく(それはそれで素敵なことなのですが・・・)、ある種、純粋に山登りの魅力を言い当てたと思うのです。

 今の時代、ぼくたちはいつも霧の中にいる気がします。どちらへ進めばいいかわかりません。何をすればいいかわかりません。誰かが導いてくれるわけもなく、指し示された約束の地もなく、ぼくたちは、ただ、霧の中で立ちつくしています。
 だからこそ、イモトの言葉が心に沁みてくるのです。

 今回、なぜこんな内容のコラムを書いているかといえば、今、電子書籍にたずさわる仕事をしている多くの人たちが、五里霧中の状態だからです。

 でも最後に、何度も山に登ってきたぼくの経験から、次の言葉を贈ります。

 巨大な山塊の懐深く分け入って、その頂を目指すとき、手前の尾根や森林にさえぎられ、深い霧に包まれて、いくら仰ごうとも、いくら願おうとも、山の頂は見えません。ただ、うつむき、足元を見るしかなく、一歩一歩前に進むだけです。
 しかし、ある瞬間に霧は晴れ、眼前は開かれ、突然、巨大な頂が飛び出します。すると、もうゴールは目前なのです。

 ぼくも、あなたも、今、霧の中にあろうとも、歩みを止めなければ、必ず頂に到達できると信じて。

(第18回・了)

今回もまた、つたない文章を最後まで読んでくださってありがとうございました。どうかあなたが、日々あたたかな気持ちで過ごされますよう。

第1回 「やさしい時代に生まれて〈その①〉」

第2回 「やさしい時代に生まれて〈その②〉/やさしい時代における電子書籍とは?」

第3回 「泡とネットとアミノメの世界の中で」

第4回 「電子書籍の自費出版が100万部突破!〈その①〉/メリットとデメリット」

第5回 「電子書籍の自費出版が100万部突破!〈その②〉/出版界の反撃」

第6回 「海、隔てながらつなぐもの」

第7回 「ITユーザー(あなた)は電子書籍の行間を読むか?〈その①〉」

第8回 「ITユーザー(あなた)は電子書籍の行間を読むか?〈その②〉」

第9回 「もしもエジソンが電子書籍を作ったら?〈その①〉」

第10回 「もしもエジソンが電子書籍を作ったら?〈その②〉」

第11回 「大きい100万部と小さい100万部」

第12回 「ぼくがクラシックバレエを習いつづけているわけ」

第13回「生まれ変わったダ・ヴィンチ電子ナビをよろしくお願いします」

第14回「見上げてごらん、夜の星を」

第15回「ひとり占めしたい!という欲望は、電子書籍でどう昇華されるのか?」

第16回 「本屋さんへ行くとトイレに行きたくなりませんか?」

第17回 「マンガを読むとバカになる!と言われたことで生まれた豊かな表現たち」