なぜ日本人は世間と寝たがるのか? 世間を気にして「家族」から抜け出すことができない背景

社会

公開日:2016/7/13


『なぜ日本人は世間と寝たがるのか 空気を読む家族』(佐藤直樹/春秋社)

 あなたは今、日々の生活を周囲の目を気にせずに自分らしく生きているだろうか。世間の目を気にして生きていくことに疲れを感じてはいないだろうか。

 おもてなし国ニッポンでは自分の感情を抑えて周囲の気持ちを優先させ、人に気遣いながら生きることが暗黙のルールとされてきた。それが日本の魅力でもあるが同時に常に周囲を気にし、世間に縛られ続ける生き方をも生み出してしまっている。

 加害者家族やタレントの謝罪会見、過剰に依存し続ける親子、子供が生まれると恋人から家族へと変わる夫婦関係、生活に浸透する年中行事、いじめや殺傷事件など私たちの身の回りで見聞きし体験するさまざまな社会問題や出来事と“世間”との深い関係について、欧米との比較を交えながら身近な「家族」に焦点をあててするどく迫っている本がある。『なぜ日本人は世間と寝たがるのか 空気を読む家族』(佐藤直樹/春秋社)だ。“世間”の中で生きるすべを考えるヒントとなるような“世間“のルールについて教えてくれる。

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 第一部では日本における“世間”のルールと、日本の“家族”がどのように作られ変わっていったかについてわかりやすく綴られている。続く第二部では恋愛や親子、年中行事など私たちの身の回りのことから加害者家族などの社会的テーマに沿って世間が家族の在り方にどのような介入を見せているかを具体的に論じている。

 冠婚葬祭、クリスマスとあらゆるイベントをルールに従って滞りなくこなす日本人は多くが無宗教であるにもかかわらず、神道、仏教、キリスト教と別物の宗教イベントを正しくきっちりと行う。その理由は信心によるものからではなく法律があるからというわけでもなく、ただ世間の流れに沿うためであり“世間に申し開きができない”“世間体が悪い”という思いからだったりする。日本人が最も恐れるのは神でも法律でもなく“世間”から排除されることなのだ。なんとも恐るべき“世間”パワーよ。

 日本では“みんな同じ時間を生きていると考え”る“共通の時間意識”が世間のルールとなっている。欧米では子供がいても個人の時間を大切にしているため夫婦だけの夜の外出は一般的なことだが、日本では家族内では個人が存在しないため子供を置いて夫婦で外出なんて世間から批判の対象となる。これは“家族”が親子ベースの日本と夫婦ベースの欧米との対照的な例であり、個人主義が進んでいると言われながらも欧米風の個人化ではなくただ“個々バラバラ”化が進んでいることの表れでもある。

“人間はみな平等である”というルールもある。他人よりいい思いをすると世間から嫉まれることが多いため幸せな様子を過剰に見せないように常に世間への気遣いが求められる。平等と言いながら家族や世間には暗黙の身分制が存在していたりもするからややこしい。家族内にはブラザーとかシスターだけでは表現しきれない長男、次女といった序列があり、英語の“You”も相手に応じて“あなた”“お前”“てめえ”と差別化を図り七変化させる必要があるのだ。

 今やメールマナーや友チョコなど子供の世界にまで深く介入してきた人間関係のあつれきや“世間”の正体がさまざまな視点により次々と明かされていく本書は「なるほど」の連続で読んでいて気持ちよくさえある。女性の社会進出、離婚率の増加、少子高齢化、児童虐待、近親殺人など家族や社会にさまざまな変化や問題が取りざたされている今、ぜひこの本を通して家族の在り方について考える機会を作っていただきたい。

 最後に著者から“世間”に悩む人たちに向けたアドバイスがあるのでご紹介しておこう。「周りから非難されたりしたときに、ゼッタイに「自分が悪い」とは考えないことである。そういうと「自己チュー」とかなんとか批判されそうだが、気にすることはない。日本の大問題はたいがい「世間」に発しているから、それは「世間が悪い」にきまっているのだ」

 世界の中でも真面目な民族、日本人。もしあなたが世間についてのさまざまな問題にぶち当たっているのなら本書を読んで、世間のいい面も悪い面も広く理解し、“世間“って何だろうと客観的に見てみてほしい。そうすることで解決法が見つかるかもしれないし、今抱える問題を気楽にとらえられるようになるかもしれない。日本人って変わっているなぁと他人事にして笑い飛ばせるかもしれない。今知る世間の常識は世界では必ずしも一般のルールではないのだから。

文=Chika Samon