中絶された死産児の検査、性暴行が原因の親子殺人…陰惨な事件の真実を追う “科学捜査官”を描いたサスペンス漫画『トレース』

マンガ

更新日:2016/9/6


『トレース 科捜研法医研究員の追想(ゼノンコミックス)』(古賀慶/徳間書店)

 毎日のように発生する陰惨な事件。被害者や容疑者の情報がニュースとして報道され、やがては消えていく。解決された事件はもちろん、未解決のものも、僕らの中では「事件」という記号に変換され、いつしか記憶の片隅へと追いやられてしまう。しかし、世間で忘れられてしまったような事件の真相を、必死で追いかけている人たちがいる。現場に残された痕跡、“真実の欠片”を拾い集め、丹念に捜査を続ける人たちがいる。それが、「科学捜査官」と呼ばれる存在だ。

 このたび発売された『トレース 科捜研法医研究員の追想(ゼノンコミックス)』(古賀慶/徳間書店)は、そんな科捜研の人たちに焦点を当てた緊迫のサスペンスマンガである。

 主人公となるのは、科捜研のエース・真野礼二。法医科科長が「有能な男」とお墨付きを与える男だ。ただし、「ちょっとだけ融通が効かない」という枕詞も込みで。そして真野と行動をともにするのが、新人・沢口ノンナ。「正義のヒーロー」に憧れを抱き科捜研に入った彼女は、地味な作業の毎日に少しうんざりしている。

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 それもそのはず。「犯人はお前だ!」と鼻高々に犯人を追い詰めるような場面はなく、科学捜査官は日々研究所に籠もり、膨大な数の検査に明け暮れるのだから。

 けれど、真野と出会い、沢口はそんな認識を改める。無念な死を遂げた被害者の想いを汲み取り、真実の欠片を丹念に探そうとする真野の姿は、まさに正義のヒーローなのだ。真野は言う。「鑑定で被害者の命が戻るわけじゃない。それでも真実の欠片をみつけだす……それが僕の使命だ」。

 そんなふたりの元には、日々さまざまな事件の調査が舞い込む。中絶された死産児の検査、性的暴行が原因の親子殺人……。それらの事件は、真野の調査によって見えない真実が明らかにされていく。そして、その都度、心が揺れ動いてしまう沢口。どうしてこんな事件が起きてしまうのだろう――。そのように葛藤する彼女は、まるで読者の気持ちを代弁するかのようだ。その一方で、常に冷静沈着な真野は、まるで心がないロボットのように映る。

 しかし、そんな真野が唯一人間らしい感情を見せるシーンがある。それは、「正義のヒーローなんていない」と号泣するシーン。どうして真野は、そんな言葉を口にするのか。それは彼の過去に起因している。

 23年前に起きた、練馬一家殺人事件。何者かによって、一家が惨殺されてしまったという、非常に残酷な事件だ。そして真野は、その事件の生き残りなのである。それを機に、真野の中に生まれたのは、犯人への強い憎しみ。彼は事件の真実を明らかにするため、科学捜査官になった。……と思いきや、どうやら彼にはその先の目的があるよう。それは、復讐。現場に残された証拠をもみ消すことができる科学捜査官ならば、完全犯罪は可能だという。真野はその立場を利用して、家族を惨殺した犯人にどんな復讐をするのか。真野のそんな過去も、本作の軸となっている。

 ちなみに、本作の著者である古賀慶さんは、何を隠そう「元科学捜査官」。真野や沢口と同様に、これまでにいくつもの事件調査をしてきた人だという。だからこそ本作は、非常にリアリティあふれる作品になっている。

 僕らが勝手に記号化してしまう事件を、解決まで追い続ける捜査官たち。そんな彼らの姿を描いた本作。今ここに、またひとつ上質なサスペンスマンガが誕生したようだ!

文=五十嵐 大