東京23区の怪談話。オカルト本と心霊アプリを片手にいわく付きのスポットへ行ってみた!

公開日:2016/8/10

『怪談現場 東京23区』(吉田悠軌/イカロス出版)

 うだるような暑さの中では、なぜか怖い話を求めてしまう。いわゆる“夏の風物詩”ともいえるが、この時期になると本や映画でもホラーやオカルトといったジャンルがやけに気になるものである。

 さて、そんな中で書店を歩いてみるとある一冊の本が目に留まった。オカルト研究家/怪談収集家の吉田悠軌氏がまとめた『怪談現場 東京23区』(イカロス出版)である。本書はタイトルの通り、東京23区それぞれに残るいわく付きの話を紹介。さらに、文献や現地取材を通して、各地に伝わる怪談話をより立体的に浮かび上がらせたものだ。

 単純に怪談を検証するだけではなく、かつては「水の都」として知られていた江戸・東京を軸に展開される本書は、各地に残るいわく付きの話をテーマにしたガイドブックとしても楽しめる。そこで、せっかくならと思い、本書を片手に千代田区の怪談スポットへ足を運んでみた。

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 やってきたのは、江戸城のお膝元である番町・麹町である。現在の麹町6丁目から二番町へ続く谷はかつて「地獄谷」と呼ばれていた。本書によれば、江戸幕府の最初期に、処刑された者や余命いくばくもない病人、行き倒れの死体などが放り込まれたという逸話が残される場所だという。

 実際に歩いてみると、JR四ツ谷駅から5分ほど。赤坂口を抜けて正面に見えるアトレを右へ曲がり、右手に上智大学が見える麹町大通りをまっすぐ進むと交差点「麹町6丁目」が見えてくる。


 交差点を渡り、目印となるのは憩いの場所である「仲良し公園」だ。怖がりな筆者は真っ昼間に訪ねてみたが、この日もサラリーマンや近所の住民たちが暑さをしのごうと、休息を取っていた。


 さて、今でこそ「仲良し公園」と呼ばれるこの場所だが、本書で紹介されているのはある深夜の話。1680年頃に、江戸時代の歌学者・戸田茂睡により記された随筆『紫の一本(ひともと)』に書かれているという。

とある深夜、主人公・遺佚(いいつ)と下級武士の陶々斎は風ふきすさぶ地獄谷をこわごわ歩いていた。すると下水が落ちる橋のたもとに、さめざめと泣く20歳ほどの女が1人。

「もしや化け物の産女では」

恐ろしさのあまり抱き合う2人。それに気づいた女が寄ってきたが、乱れ髪に荒縄の鉢巻き、白帷子(かたびら)に白帯といった異様な風体である。その姿を見た2人は小さく叫ぶのが精一杯で、あとはガタガタ震えるのみ。

「恐ろしく思われるのも当然ですが、私は人間です」

すると女はお歯黒の口を開き、事情を説明してきた。聞けば、17歳での結婚後、商売女に入れあげた夫に捨てられてしまったのだという。そして、薄情な夫を呪うべく山王権現(現・山王日吉神社)で丑の刻参りをしていたところ「闇(くら)き道に踏み迷い」地獄谷へ出てしまったそうだ。

身の上話を聞くうちに落ち着きを取り戻した2人。しかし、道を教えて下されよと話す女に、遺佚は立ち上がって言い放った。

「いや、お前は幽霊に違いない。私が説法によって成仏させてやろう」

続けて、陶々斎も女を叱りつける。

「狐や古狸の類だろう。清和源氏の血をひく私が、木っ端微塵にしてしまうぞ」

臆せず「私は命など惜しくありません。そんなことを言うなら殺してくださいませ」と詰め寄る女。しかし、女の気迫に押された2人は「この化け物め」を叫び、その場から逃げ去ってしまった。

 結局、遺佚と陶々斎が出会った女は人間だったのか、幽霊だったのか。その顛末が不明だというのは、この話がいまいち腑に落ちない点である。しかしながら、夫の裏切りに心を痛めた女が自殺したと考えれば、とたんに気味悪くも思えてくる。

 今でこそ、昼間にはサラリーマンたちや街の人たちが行き交う場所。地獄谷とされるのは、仲良し公園を入り口に伸びるオフィス街の抜け道となっている。


 遺佚と陶々斎の出会った女だけではなく、死体が転がっていたという由来を考えると、ここにはもしかしたら幽霊がいるのではないか。そこで、AppStoreで配信されている心霊探知系アプリ「ゴースト オブザーバー」を使い、仲良し公園を調べてみた。

 このアプリは、幽霊の居場所や存在を知らせてくれるもので、幽霊の言葉を翻訳してくれる機能も追加できるという代物。いわゆるジョーク系アプリとも思えるが、あいにく霊感ゼロな筆者にとってはこいつに頼るしかない。そんなわけで、公園内でかざしてみたところ……。


 ……いた!

 公園からみえる喫茶店と反対側に「Ghost」の反応があった。喫煙所にたむろするサラリーマンや、木陰のベンチで休むおばあちゃんたちは、当然ながら気づいていない。そこで、レーダーの検知した方向へカメラを向けてみたのだが……。


 どうやら年齢は230歳。日本でいえば天明6年に生まれたことになる。その頃には江戸の街もすっかり整備され、地獄谷に死体が転がっているようなことはなかったという。遺佚と陶々斎の出会った女と年代もずれているためどうやら別人のようである。

 とはいえ、のっけからいわれたのは「嫌悪」という言葉。明らかに怒ってらっしゃるというか、好意的ではないご様子で……。ケンカを売るわけにも行かず、これ以上、怒りを買っちゃまずいのでそそくさと仲良し公園をあとにした。


 さて、都内の怪談話まとめた『怪談現場 東京23区』を頼りに歩いてみたのだが、帰り際、道行く人たちはかつて何かがあったということすら知らないというのが不思議にも思えた。街歩きのテーマも色々だが、怪談話をたどってみれば新たな“東京”の姿を見つめるきっかけにもなる。

◎アプリ「ゴースト オブザーバー」

取材・文=カネコシュウヘイ