『ナースになったらピュアな心がなくなりました。』外科ナースが明かす、リアルな医療現場

コミックエッセイ

更新日:2016/9/12

『ナースになったらピュアな心がなくなりました。』(にわ みちよ/竹書房)

 女性の看護師(ナース)を「白衣の天使」と呼ぶ人もいるが、その元祖ともいえる近代看護教育の母フローレンス・ナイチンゲールは、天使とは「苦悩する者のために戦う者である」と語っている。

ナースになったらピュアな心がなくなりました。』(にわ みちよ/竹書房)の著者もまた、看護学校を卒業し総合病院に就職した当初こそ、輝かしい未来を夢見る天使のはずであった。しかし、度重なる現実の前に「たったの一ヶ月で死んだ魚のようになりました」という。

 それは、大の苦手な外科病棟に配属されたうえ、怖い先輩に叱られ、人の死に直面するといったメンタル的なことに、生活のリズムを整えられない日勤・準夜勤・深夜勤の三交代制といった肉体的な疲労も重なってのことのようだ。

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 看護業界では外科は特に体育会系だそうで、返事などの声出しも特訓を要した様子。そしてナースには「プリセプター制度」なるものがあり、それは先輩が後輩の指導をマンツーマンで行なうことで、教える側は自身の知識や技術を再確認して向上に努め、教えられる側は分からない所を質問し、いざという時にはフォローをしてもらえるという。この指導者のナースを「プリセプター」、新人ナースを「プリセプティー」といい、仲間内ではプリセプターを「お姉さん」と呼んで、プリセプティーを「妹」と称するそうな。なんだか萌える気がしてしまうのは、「白衣の天使」をイメージしてしまうからだろうか。

 そんな妄想をつい掻き立てられるナースの恋愛事情は、色々とハードルが高いらしい。毎日一緒に仕事をしている医者は良家のお嬢様と結婚することが多く、ナースの側からしても、プライドが高かったり緊急で呼び出されたりすることの多い医者とは、結婚までこぎつける交際は難しい模様。それなのに不倫は多いそうで、特に外科医と手術室のナースは手術におけるコンビネーションの必要性が、信頼関係から恋愛関係に発展するらしい。ドラマのように「メス」「はい」というやり取りはあまりなく、医者の行動を先読みして器具を渡すといったように共同作業をするからという著者の考察に、妙に納得させられた。

 4コマ漫画で読む著者の苦労話は、笑いに転化されて面白いが、やはり患者さんの看取りとなると切ない。特に、大腸がんで入院した「せつこさん」は、著者が初めて1人で受け持った患者さんで、先輩に怒られて廊下のすみで泣いていると、先輩に見つからないようにと病室にかくまってくれたという。そして一旦は退院したものの再入院になり、つい著者が再会を喜んだら、せつこさんはがんが再発して医者から余命宣告をされてしまった。かつて泣いていた著者を慰めてくれたせつこさんが、初めて大声で泣いたという。それからさらに経験を重ねた著者には、「その時」が具体的に予測できるようになり、せつこさんが終末期を迎えて入院した時には、せつこさんの唯一の家族であるお姉さんに連絡をするのだが、道路の渋滞で到着までに時間がかかることが分かって、医者と一緒に懸命に延命措置をする。家族を「その時」に間に合わせるのもまた、「とても大切な看護」なのだと著者はいう。

 すでに何人かの看取りを経験していたとはいえ、初めて受け持った患者さんが亡くなることのショックは計り知れない。看護師を辞めようかとさえ考えた著者は、しかし、プリセプターである先輩から勇気の出る言葉をもらい、ナースを続けることにしたそうだ。そう、「ピュアな心」をなくしたナースは、引きかえに「強い心」を手に入れ、今日も苦悩する者のために戦うのである。

文=清水銀嶺