人間は植物に支配されている!? 植物になって人間をながめてみると…

暮らし

公開日:2016/8/19

『植物になって人間をながめてみると』(緑ゆうこ/紀伊國屋書店)

 人間社会の営みには、植物が必要不可欠だ。麻などを始め、植物を材料にした衣服を着、野菜を食べ、住居にも木材が使用されているところは多い。我々の衣食住に、植物は欠かせない存在と言って良いだろう。身近なところで言えば、例えば砂糖やお茶だ。どちらも植物から作られているもので、愛好家も多い事だろう。こういった事実をして、我々は植物を利用していると思っている。だが、本当にそうなのだろうか? 実は、人間の方が植物に利用されているのではないか? 人間は、植物に働かされているのではないか? そんな設問をテーマに、植物視点で歴史を見たのが『植物になって人間をながめてみると』(緑ゆうこ/紀伊國屋書店)である。

 例えば、サトウキビだ。砂糖の原料であるこの植物は、カナリア諸島という大西洋の島々で栽培されていた。この諸島最大の島はテネリフェ島といい、その中央にテイデ山という巨大な山を持っている。このテネリフェ島では、かつてサトウキビの大規模な栽培が行われた。現在のこの島には人工林がテイデ山の北側にあるのみで、元々の原生林は今や残っていない。なぜなら、サトウキビを育てる土地を作る為に焼かれ、収穫したサトウキビを煮詰めて砂糖を作る為の燃料として焼き尽くされてしまったからだ。更に、この島は亜熱帯にある為、水資源はとても貴重なものとなる。山が吸収し地下に溜めこんだ水……つまり地下水脈を掘る事は簡単な作業ではない。これら数々の大仕事をやるのは、当然ながら人間達だ。人々はサトウキビの為にせっせと森を焼き、サトウキビの為に貴重な水資源を提供した。そして砂糖に精製する為に森の木々を切り、次のシーズンの為に苗植えをさせられる。また、これらの労働を担わされたのは奴隷達であり、彼等の寿命は短かったという。また、15世紀初頭には砂糖の輸出は大きな貿易となっており、中でもポルトガルは大西洋に浮かぶ2つの島でサトウキビの栽培を開始する。その為の労働力は、アフリカ大陸から買い入れられた黒人奴隷達である。これが、近代型の奴隷貿易の始まりと言って良い。それから大航海時代を経て、段々とサトウキビを始め様々な貿易ルートが開拓・整備されるようになった。これが、現代に続くグローバル社会の原型である。世界の国々を繋ぐ貿易ルートが、サトウキビによって生まれたものだとしたら、さて勢力拡大の為に相手を利用した“主体”は、人間か、それともサトウキビなのか……些か判断に迷うところであるかもしれない。

 ところで、ちょっと一息を入れたいと思う時、お茶を飲む人は多いのではないだろうか。お茶にはカフェインが含まれており、この覚せい作用が習慣性や依存性を誘うのだ。お茶の起源はブリテン島(イギリス)に求められる事が多いが、実はお茶は元々ブリテン島に生えていた植物ではない。ではそもそもどこにあったのかというと、なんと中国である。中国からお茶が輸入されるまで、イギリスでは白湯を飲んでいたそうだ。イギリスはアルカリ土壌で、硬水の地域が多く、沸かさずに水を飲むのは危険だからである(ハーブティーもあったが、これは主に薬用で、庶民が毎日飲むものではなかった)。さて、そんなイギリスの人達は、お茶が輸入された時、その原産地である中国でもあまりやらなかった事をやってしまった。そう、お茶に砂糖を入れて飲むようになったのだ。カフェインを含んでいるお茶に、一気に血糖値を上げる砂糖を大量に入れて飲めば、それは元気になった気分になれるだろう。こういった作用を何よりも必要としたのは、日々あくせく働いている労働者階級の人達である。1780年頃には、イギリス中の労働者がお茶を日常的に飲むようになっていたという。つまり、お茶は人間を働かせる為のツールとして機能したのだ。「植物に働かされる人間」というフレーズは、ここにきて「植物なくしては働けない人間」という新たな意味を持つ事になったのである。

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 食物連鎖はよくピラミッドにたとえられるか、その実はとても複雑に関係し合っていて、ピラミッドというよりもサイクルと考えた方が適切だとすら思える。そして、サイクルならばどこから見るのも自由という事だ。食物連鎖のピラミッドをひっくり返して見れば、頂点は植物になる。世界を支えている底は、はたして植物なのか、それとも我々人間なのか……。その答えを考えてみるのも、おもしろいかもしれない。

文=柚兎