突然難病になってしまったら…。入院生活、家族との関係、仕事のこと。アラサーアパレル女子のリアルで明るい闘病記

暮らし

公開日:2016/8/19

『ポンコツズイ 都立駒込病院 血液内科病棟の4年間』(矢作理絵/集英社)

 いつかは誰にでも訪れる死。子供の頃それについて思いをめぐらせ、ただならぬ恐怖を抱いた経験がある人は少なくないかもしれない。だが、仕事や家庭で忙しさに追われる30代。自分の身を振り返る余裕もない日々の中で、まさかその死がじわじわと忍び寄っていることなど考えるだろうか? 映画やドラマで若い登場人物が病死し涙を誘う展開になっても、それは物語。自分が死ぬことなんてありえない。しかし、それは思い込みなのだ。自分がいつどうなるかなど誰にもわからない。

ポンコツズイ 都立駒込病院 血液内科病棟の4年間』(矢作理絵/集英社)の著者、矢作理絵さんはフリーのインポーター(海外ブランド衣料や輸入雑貨の卸売りを行う)だった。日本と海外を往復しガツガツ働いていた33歳の夏に、「突発性再生不良性貧血」という難病を発病。これまで入院などしたことがない健康体で、自他ともに認める「強靭なハートとボディーの持ち主」だった彼女。まさに青天の霹靂だったことは想像に難くない。矢作さんは、ドナーを見つけて骨髄移植を行い二度も死の淵をさまよった体験を、若者らしい表現もときに交えつつ詳細に丁寧に綴る。死の間際という非常に重い状況でありながら、語り口は重苦しくなくさっぱりとしていている。そのギャップに物語ではないリアルさが感じられる。

 そんな彼女を取り巻く友人たちは情にあふれ、医者や看護師は親身になって彼女を支える。優しさにあふれたやりとりは、人の温かみを感じてこちらまで幸せな気分になってしまう。しかし、彼女が触れるのはそれだけに留まらない。

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 矢作さんは、「素っ頓狂」と表現するマイペースな父親の行動にたびたびツッコミを入れて読者の笑いを誘う。だが、父親は一家の主たるプライドか「自分だけが知っている優越感カテゴリー」とやらのために、妻に娘の病状をちゃんと伝えていなかった。このため、母親は途中までことの重大さに気づいていなかったという。また、兄は自らの家族を思い、危険が伴う妹のドナーとなることを拒む。家族だからこそ生じる責任や義務感にそれぞれが戸惑い、葛藤する様子が垣間見える。また、仕事においては、業務委託元の会社との間で訴訟問題が勃発。病気が発覚した直後は「今は病気を治すことだけを考えろ」と励まされたにもかかわらず、仕事がままならずギャラをめぐって揉めると「お前の病気は罰なんだよ」と非情な言葉を浴びせられる。病気は闘病を強いられるだけではない。普通に生活していたらありえなかったこと、知る必要がなかったことを浮き彫りにする。

 一方、彼女と同じ病室で語り合ったり、UNOに興じたりと、闘病生活をともにした仲間たちは、移植がうまくいったと聞いても、術後にちゃんと食事ができていると知っても、ある日突然いなくなる。次々とあまりにもあっさり亡くなっていく様子は言葉にならない。だが、それが矢作さんのいる病棟の日常の風景なのだ。

「奇跡の患者」と呼ばれて退院した矢作さんは、現在小康状態。移植のためにできなくなったことは数知れず。例えば、海外旅行ができない、ヒールを履けない、ペットを飼えない、子供を産めない、など。また、病態が変化した場合、治療費公費負担の対象外となって、治療費がべらぼうに高くなる可能性があるという。彼女は今、天涯孤独の病人となってしまう不安を抱えながら生きている。

 そんな矢作さんのセオリーは「病気と闘うとき、高い目標設定はしない」。目標はいつか欲望に変わり、欲情してしまう。欲張らずに「ゼロ」でいいんじゃないかと語る。月並みだが、何不自由なく生きていることを幸せだと感じた。思う通りの自分を実現できず落ち込みもがく不満だらけの毎日。しかし、そんな日々だっていつ終止符が打たれるとも限らない。今このときをもっと肯定的に捉えて生きていけたら。改めてそんなことに気づかされる。

文=林らいみ