男女が絡みあいあわや…あの芥川賞受賞者でミュージシャンの町田康さんが、女の妄想が爆発する「ハーレクイン・ロマンス」を初体験!!

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/13


『秘書という名の愛人』(キャシー ウィリアムズ:著、深山 咲 :訳/ハーパーコリンズ・ ジャパン)

 日本の女たちに「めくるめく愛の世界」を届け続けて37年。恋愛小説の老舗としてゆるぎない存在感を放つ存在「ハーレクイン・ロマンス」。だが、名前は知っているけど未体験という人も、案外いるのかもしれない。一度、手にとれば、ゴージャスで王道な愛の世界は「女のための脳内麻薬」と理解できるが(そのまま中毒にGOな方も多いとか)、ハリウッドスターばりの美男美女が甘く見つめ合う表紙にたじろぐ初心者の気持ちもわからないでもない…。

 そのことに危機感を覚えたのか、パンクな力で封印解禁を狙ったのか、なんとこの度ハーレクイン編集部自らがハーレクイン初体験という芥川賞作家の町田康に「ハーレクイン・ロマンスを読んでもらおう!」という暴挙に出たらしい。町田氏といえば、町田節と呼ばれる独特の文体と感性で熱狂的なファンを抱える作家の顔の他、現在までプレスが続くパンクの名盤『メシ喰うな!』で80年代ジャパニーズパンクシーンに衝撃を与え、解散後も数々の伝説をもつパンクロッカーとして有名。そんな町田氏にハーレクイン・ロマンス。それって大丈夫なんですか?

 そんな町田氏が今回読んだというのは、『秘書という名の愛人』(キャシー ウィリアムズ:著、深山 咲 :訳/ハーパーコリンズ・ ジャパン)ほか数冊。ぱっとタイトルだけで中身の40%くらい想像できてしまうのもハーレクインのお約束だが、いずれも「ゴージャス系美男美女があわやキス寸前!?」といった表紙写真でロマンチックが特盛り状態。一体、どんな顔して、彼はこの本を手にとったのか、まずはその顔を拝みたかった(笑)。

advertisement

 『秘書と~』は、奔放で恋多き母を人生の失敗者と反発し、母とは違う生き方をしようと地味なスーツを鎧に恋人も作らず仕事に生きるケイトが愛に目覚める物語。セクシーで遊び人の大富豪社長・アレッサンドロと予期せぬ2人きりの海外出張をすることになり、「危険な男」として拒むつもりだった相手にどんどん魅了され、一方のアレッサンドロは、ケイトが単に堅くてつまらない女ではなく、ピュアな情熱をもった美しい女性だと気がつき…と、いわゆる「眼鏡っ娘がメガネをはずしたら超絶美女系」な主人公の超シンデレラストーリー。少しずつ距離を縮める心理戦の後の、めくるめく欲望に身を任せるクライマックスシーンや、ちょい上から目線でキザな「僕たち二人の間の情熱を、君も感じているはずだ。僕は君に触れずにいられない」「今僕が君をどんなに欲しいか、わからないだろうね」「僕は恋に落ちてしまったんだ、ダーリン…そうなるつもりはなかったし、いつそうなったのかもわからない」と愛の囁きも絶好調。ちなみにミッチー(及川光博)風味のこうした台詞を、パンクロッカー・町田町蔵が声に出しているところを想像すると、ギャップ萌え必至だろう。

 いずれの作品も、女の「妄想力」をびしびし刺激する作品であるのは間違いなく、それを男性、しかも個性派作家の町田氏がどう読んだのか? 詳しくはハーレクインのサイトで寄稿文が紹介されているのを読んでいただきたいが、ひとまず彼の頭によぎったのは「好きで好きでたまらない」という言葉のようだ。そういう「恋愛のムチャクチャな気持ち」を放恣な想像力で物語上に走らせることができるのがハーレクイン・ロマンスであり、いちばんムチャクチャなのはそうやって想像力を膨らませている「読者その人」と言い切る。

 考えてみれば草食男子を超えた絶食男子も飛び出す現実を生きる女たちにとって、初対面から「なぜか身体の芯がうずいてしまう」出会いをするなんて、もはやSFの世界にも近い。だとすれば、この手の恋愛小説に素直に自己投影して「いいなあ、私にも王子様が…」なんて思う女たちは今時めずらしいのかも。むしろ腐女子にも似た感性で、王道ラブストーリーこそが「異次元ラブ」であると察知し、ムチャクチャな妄想を愉しんでいる読者が大半のような気がしてくる。そういう場合、ある種の定型をきっちり守り、コテコテであればあるほど妄想の自由度は無限大。つまり超絶ロマンチックな王道恋愛小説であればあるほど、リアルな恋愛なき時代をぶっ飛ばす存在になりうるわけだ。なんだ、それってパンクじゃないですか。おそるべし、ハーレクイン!

文=荒井理恵

町田康の寄稿文はこちらから