雨を呼ぶ少女と晴れ男が旅に出たら…。優しさと想像が広がる異世界ファンタジーコミック

マンガ

公開日:2016/9/28

『アメとハレの風の旅』(新堂みやび/徳間書店)

 子供の頃、絵本や児童書を読んで「あんな世界に行ってみたい」「冒険してみたい」と憧れた世界が、誰でも1つはあると思う。壮大な森が広がっていたり、神秘的な湖があったり、見たことのない植物が生えていたり、珍しい建物が並んでいたり……。そんな世界のことを考えていると、その世界自体が生きていて、不思議な力があるかのように輝いて見えるのだ。

 そんな児童書にある魅力をコミックにそのまま移したような、『アメとハレの風の旅』(新堂みやび/徳間書店)という本がある。漫画の読みやすさと、絵本のような優しい世界観が合体した、絵本好きにも漫画好きにもオススメしたい一冊だ。

 主人公は、雨を降らせてしまう女の子・アメ。アメがいるせいで雨がやまない町「雨町」の中央には、高い塔がある。アメは、そこで人目に触れないようひっそりと暮らしていた。町の人たちは、その塔には神様がいて、その神様の呪いで雨が止まないと思っている。アメの存在は、ごく一部の人しか知らない。

advertisement

 そんな雨町にたまたま訪れた、旅をしていた男の子・ハレは、塔の中にアメの姿を見つけてしまった。気になったハレは塔に行き、そこでアメと出会う。ハレは、晴れた日しか知らない、アメとは真逆の晴れ男。ハレもまた、その能力のせいで町を困らせてしまった過去を持つ。ハレは、そんな自分の能力を生かすため、世界中に晴れを届けるため、旅をしている。アメは、そんなハレの話を聞き、自分も旅に出ようと決意。そして次の日、アメは唯一の友達である喋る猫のミズタマと、巨大な傘を使って空を飛び、旅に出た――。

 2人の出会った塔は、らせん階段が巻き付くように伸びている、とても高くそびえる塔。その塔を取り囲むように作られた円形の水路と町が、雨町。この物語の世界はこの本独自の世界であり、だからこそ非常に丁寧に背景が描かれている。そのため、「ここで起こっているのか」と、漫画の世界がすんなりと脳の中に入り込んでくる。また、世界観を壊さないよう、全て手描き手塗りで繊細に描かれていて、トーンにはない優しさがあるのもいい。

 2年後、旅に出たアメが訪れたとある町で、アメはハレと再会する。その町では、風車が止まってしまい、町中が停電になっていた。風車は50年以上前に建てられたもので、町の人たちは、風車を壊して新しい発電所を作ろうとしていた。しかし風車は、とあるおじいさんにとって、仲間の形見でもあった。それを知ったアメは、風車が動かなくなった原因を確かめようとするが――。

 この風車の町での出来事がきっかけで、アメとハレ、そしてミズタマの旅は始まった。アメも自分の能力が役に立つのだと知り、それぞれ協力して能力をうまくコントロールしながら旅をしていく。

 自分では欠点だと思い込んでいたことも、目線を変えればそれが役に立つこともある。もしも自分の短所を、誰か1人にでも役立たせることができたら、それはとても幸せなことだと思う。また、1人ではできないことでも、2人なら、3人ならできるかもしれない。この『アメとハレの風の旅』は、そんな当たり前だけどなかなか向き合うことのできないものを、優しく教えてくれる。見たことのない植物や現実離れした建築物の中で描かれる異世界での物語だからこそ、その「当たり前」がすんなりと入ってくる。

 普段、つい「私なんて」と弱気になってしまう人は、ぜひ本書の中を一緒に冒険してみてほしい。きっとこの2人と1匹が、「高い塔」から連れ出してくれるだろう。

文=月乃雫