シングルマザー風俗嬢、悪徳訪問販売の営業マン、ブラック企業のSE…いくら働いても先のない「貧困ビジネス」の実態

社会

公開日:2016/10/7

『貧困のハローワーク』(増田明利/彩図社)

 この3年間で雇用者の数は110万人も増え、失業率も低下していると報道されている。しかし、多くの人は経済が回復していると実感できていないのではないだろうか。その理由の一つに、収入格差がある。確かに仕事は増えたかもしれない。その一方で、低賃金や劣悪な労働環境で社員を酷使し、使い捨てる企業も増えているのだ。

貧困のハローワーク』(増田明利/彩図社)はそんな日本の現状を「職業」という観点からレポートした一冊だ。出世の見込みも昇給もやりがいもなく、いつでも代わりがいるために将来の見えない数々の「貧困ビジネス」に加え、日雇いアルバイトの実態や職業ホームレスの生活などの事例17種類を、経験者のインタビューを中心に紹介している。格差社会が叫ばれるようになって久しいが、その具体的な実情に息を呑むしかない内容となっている。

 一見、貧困ビジネスにはさまざまな業種が溢れているように思われるがしかし、その問題点は驚くほど似通っている。まずは、「労働時間に給料が見合っていない」という点だ。某居酒屋チェーン店の店長は、1日12時間、多いときで14時間の労働を強いられている。それで休みは月3、4日ほど。それだけ働いても手取りは月約18万円というのだから全く割に合っていない。某ブラック企業のSEは月41万6000円の報酬を受け取っているというが、時間給に換算すると約1660円なので厚待遇とは言い切れない。どうして労働時間が給料に反映されないのかというと、企業が時間外手当を大幅にカットしているからである。社員が自分のペースで働ける「裁量労働制」を導入している企業も多いが、実際は残業代を社員に払わないで済ませるために制度を都合よく解釈しているケースが後を絶たない。

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 次に挙げられる問題点は「社員への圧迫」である。恫喝や脅迫まがいの言動で社員を徹底的に追い込み、潰れてしまったら使い捨てカイロのように退職へと追い込む企業が存在しているのだ。どれだけ人が辞めても、就職難の時代が続く限り志望者はいくらでもいるので、気にする必要はない。悪徳訪問販売の営業マンをしていた桂木伸也さん(仮名)は、ノルマに達しなかった分の自社製品を自腹購入させられていた。いわゆる「自爆営業」である。自腹額が多いときには月8万円にもなる自爆営業が生活を圧迫し、手を出した消費者金融で桂木さんは借金まみれになってしまう。さすがに会社を辞め、自己破産の手続きをしたが、酷いのは退職に至る前の会社の対応だ。

「売上が低迷したら『お前は使えねえ、もう来るな』『この仕事、向いてないな』という言い種だった。絞れるだけ絞ってもう親類縁者、友人、知人からお金を引き出せなくなったので用済み。そういうことなんです。最後は殺意というか、もの凄く黒い感情が湧きました」

 おそらくほとんどの新人社員が桂木さんのように搾取され尽くされてから、自主退職に追い込まれるシステムになっていたのだろう。単に職を失っただけでなく、履歴を汚されて将来に支障をきたしてしまった桂木さんの無念は計り知れない。

 その他にも、簡易旅館を渡り歩きながら老後の生活に不安を覚える飯場労働者、子どものためを思い自分を犠牲にするシングルマザー風俗嬢、高圧的なワンマン社長に反感を抱き続けるトラック運転手など、本書に登場する人々は、誰一人として自分の仕事に愛着など抱いていない。それでも、生活のためには働き続けるしかないのである。

 著者の増田明利氏は、レポートを書くために「中高年の方歓迎」で「どなたにでもできる軽作業」と謳われた短期アルバイトを体験する。単調な仕事、無味乾燥な人間関係、そんなアルバイトを終えて増田氏が抱いた感想はあまりにもシビアだ。

職業に貴賎なしというのはその通りだと思うが、その実、やっぱり上下はあるんじゃないか。

 そして、人工知能やロボットの発達が、人間からますます仕事を奪っていく。近い将来、安定した職業と、不安定で誰でもできる職業の差はますます広がるだろう。一人一人が生活のために「自分にしかできない仕事」の意味を考え直さなければいけない時代へと差し掛かっているのだ。

文=石塚就一