村上春樹作品にも影響!? ノーベル文学賞受賞ボブ・ディランの“文芸処女作”『タランチュラ』とは?

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/13

『タランチュラ
ボブ・ディラン:著、片岡義男:訳/KADOKAWA)

ミュージシャンのボブ・ディランが2016年「ノーベル文学賞」を受賞した。受賞理由は「アメリカ音楽の伝統に、新たな詩的表現を創造した」ということだが、ディランが1971年に文芸処女作『Tarantula』を出版しているのをご存じだろうか。(※翻訳本『タランチュラ』が出版されたのは1973年)

本書は「銃たち、罰せられざる鷹のマウスブックとギャッシュキャット」というタイトルの物語から始まるのだが、その出だしはこうだ。

アリーサ/神と男とについてうたうジューク・ボックスの結晶のようなこの女王は酒がまわって血が酒にかわってしまったような傷のなかに拡散していき甘い音の波に心をとめるようにしようとし、クリップルになりながら、おお、あの偉大な黄金郷に歓迎の声をあげる、よろめき傷ついた自分だけの神、しかし彼女はできない、あなたがついていく人たちのリーダーである彼女だが、彼女にはできない、彼女にはうしろだてがない、彼女にはできない…… (※筆者註:以下改行や句点なく、散文を挟みながら文章が続く)

ディランはさまざまなシーンを切り取り、それを不可思議な言葉が組み合わされた独特な表現で紡いでいく。とかくその内容から「難解」と言われてしまう作品なのだが、本書の訳者である作家の片岡義男はあとがきでこう語っている。

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 日常の現実はボブ・ディランにとってはリアルなものではない。そのなかには自分の言葉によって表現しなおすに足るものはほとんどなく、ディラン個人の独特なとしか言いようのないイマジネーションを通過して屈折を経たとたんに、鮮明にうかび出してくるリアルな世界の生産過程を、『タランチュラ』のなかに読みとることができる。ただし、アメリカの日常生活につうじていないと、ひとつの小さな言葉にもつまずいてしまい、なんのことだかわからなくなり、加えてイメージの飛躍、自信がないときのあいまいさ、それに完全な無意味さなどが障害となって、「難解」という印象は生まれてくるのだろう。

短い時間で感情が動く、わかりやすいものが好まれる現代にはちょっと不向きかもしれないが、たゆたうような言葉に身を任せ、読む人に委ねられた自由な解釈をしながらページを繰ると、新たなイマジネーションやインスピレーションを得られるような作品であることは間違いない。

ボブ・ディランは、各方面に大きな影響を与えている人物だ。

今回もノーベル文学賞候補として名前が挙がっていた作家の村上春樹は、1985年に発表した『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(村上春樹/新潮社)で、主人公の「私」が『ライク・ア・ローリング・ストーン』の入ったボブ・ディランのカセットテープを買うシーンを書いている。「私」はレンタカー会社の女の子がカーステレオから流れる曲を耳にして「まるで小さな子が窓に立って雨ふりをじっと見つめているような声」とディランの歌声を形容したことについて「私はボブ・ディランに関する本を何冊か読んだがそれほど適切な表現に出会ったことは一度もない。簡潔にして要を得ている」と言う。そして車内で「私」はディランのテープを聴き続ける。

 ボブ・ディランが『ライク・ア・ローリング・ストーン』を唄いはじめたので、私は革命について考えるのをやめ、ディランの唄にあわせてハミングした。我々はみんな年をとる。それは雨ふりと同じようにはっきりとしたことなのだ。

ディランの曲はこの物語の中で重要なキーとなるのだが、もしかすると「デタッチメント」と形容される、アイロニーと不思議なメタファーに満ちた村上春樹の小説は、『タランチュラ』から多大な影響を受けているのかもしれない。

またボブ・ディランを敬愛するミュージシャンのブルース・スプリングスティーンは、9月に出た自伝『ボーン・トゥ・ラン』(ブルース・スプリングスティーン:著、鈴木恵、加賀山卓朗他:訳/早川書房)で、ディランがどれほど自分に影響を与えたのかについてこう記している。

 一九六〇年代、色眼鏡を通さないわが国の真の姿は、ボブ・ディラン、ザ・キングスメン、ジェイムズ・ブラウン、カーティス・メイフィールドの歌で知った。変わりもせず折れもしない本物の洞察なら、何百万もの人々に届き、人心を変え、魂を沸き立たせ、貧血を起こしかけているアメリカのポップ・シーンにまっ赤な血を送り届け、警鐘を鳴らし、アメリカ人の話題にかならずのぼるような大問題を提起することだってあるのだ。
「ライク・ア・ローリング・ストーン」は、おれにそんな信念を抱かせてくれた。それこそ、同胞の心も揺さぶれるし、ニュージャージー州の小さな街に住む、はにかみ屋の迷える一五歳の少年の心を呼び覚ますこともできる音楽だ。

そんなインフルエンサーであるディランが「この本は僕の人生をかえてしまった」というのが、“ビート・ジェネレーション”(ビートニクとも呼ばれる)の嚆矢となった、ジャック・ケルアックの自伝的小説『オン・ザ・ロード』(ジャック・ケルアック:著、青山南:訳/河出書房新社)だ。『タランチュラ』を読んで興味を持った人は、ぜひ読んでみるといい。もちろん、ディランの曲を聴くことが最優先だが。

ディランはノーベル文学賞を受賞した夜にコンサートを開催したが、ステージでは一切触れなかったという。一か所に留まらない“転がる石”は、常に“新しい何か”を探し続けるものなのだ。

文=成田全(ナリタタモツ)