馬だって「若くて華奢で肌のキレイな女の子」が好き!? 競走馬を支える厩務員の日常とは

マンガ

公開日:2016/10/21

『サラブレッドと暮らしています。』(田村正一/白泉社)

 10月頃から年末にかけては、競馬が盛り上がる時期である。理由は最も格式の高い「GI」というグレードのレースが、JRA(中央競馬)ではほぼ毎週のように開催されるからだ。そして先日行なわれたGIレース「秋華賞」では、3番人気のヴィブロスという馬が優勝。この馬の所有者は佐々木主浩氏で、かつて日本のプロ野球やアメリカのメジャーリーグで活躍した人物だ。著名人の所有馬が勝てば、マスコミも大きく取り上げる。オーナーの他では、やはり騎手や調教師が主に注目されるところだろう。

 しかし当然、目に見えないところで競馬の世界を支えている「縁の下の力持ち」は存在する。『サラブレッドと暮らしています。』(田村正一/白泉社)は、競馬に出走する競走馬の世話をする「厩務員」の仕事を描いたコミックだ。

 この漫画で特筆すべきなのは、作者が現役の厩務員ということである。プロの話を原作に漫画家が描きおろすコミックエッセイは数あれど、その職業の人物が自身で漫画を描くケースはほとんどあるまい。他者の話を漫画にすれば、描き手のフィルターがかかることも皆無ではない。その点、本作は厩務員が直に漫画にしているのだから、その世界がよりダイレクトに描き出されているといえよう。

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 主人公の「たむら」は兵庫県の園田競馬場で厩務員として働いている。園田競馬場はNAR(地方競馬)に属しJRAとは開催レースが異なるが、もちろん厩務員としての仕事には大差ない。園田競馬場では馬場が開放される午前1時から厩務員の仕事が始まる。自分が担当する馬の手入れや乗り運動を行なうなど、結構なハードワークだ。生き物が相手なので不慮の事故も多く、馬から振り落とされたり蹴られたりしてケガも絶えないという。それでも続けられるのは馬が、そして競馬が好きだからに他ならない。

 そんな愛情のこもった眼差しで描かれる彼の担当馬。特に作者による馬の「人間へのたとえかた」は非常に秀逸だ。自分の馬房を愛してやまない馬を、たむらは「ひきこもり」にたとえる。馬房に入ろうとする彼を威嚇するサマは、親に漫画を投げつけるひきこもりのよう。外に出すため、扉の前に食事を置くがごとく馬房前にエサを置くなど、人間と同じ手法が使えるのも面白い。さらに馬房から一歩でも外に出ると、途端におとなしくなってしまう内弁慶なところも共通点といえそうだ。

 また馬は異性の好みも結構、人間に近いらしい。たむらが担当した馬に、とても美しい牝馬がいた。その馬は「若くて小さな栗毛の牝馬」で、人間でいうなら「若くて華奢で肌のキレイな女の子」なのだとか。その牝馬が馬場に出ると、周囲の牡馬たちが急に騒ぎ出すのだ。普段は大人しい10歳の牡馬までもが、発情して大暴れ。こういった側面を知ると、レースで観る競走馬たちに、より親近感を覚えるのは確かである。

 しかし愛情深いゆえに、辛い状況に直面することも。たむらが厩務員として働き始めて、最初に担当した「サイレントウィナー」号。「サイレン」と呼んで一所懸命に世話をしていた馬だったが、あるレースの際に足を骨折してしまう。そして診断の結果、安楽死処分が下されたのだった。「サイレンは幸せだったのか?」と思い悩むたむらの姿は、これ以上ないリアルさがあり胸を打つ。それでもサラブレッドの幸せを願って、精一杯に馬の世話を続けることが彼の──厩務員の仕事なのである。

 もうすぐ3歳牡馬クラシック最後の一冠「菊花賞」だ。私は馬券を買う予定だが、本命は「サトノダイヤモンド」と決めている。実際、日本ダービーの頃から「無事なら」菊花賞はこの馬だろうと思っていた。そしてその「無事なら」を支えているのは、厩務員たちである。表舞台にはほとんど出てこない彼らの献身があればこそ、優駿たちが大レースに出走できるのだということを感謝しつつ、レースの行方を見守りたい。

文=木谷誠